数分後に現れたゼノンは金属にも獣の革にも見える素材で作られた鎧と、生き物のようにひとりでに揺れるマントを身に付けている。まさに魔王と言いたくなる威厳と不気味さに覆われた姿とは対照的に、笑顔は穏やかで優しい。
「やはり、思った通りだ。良く似合う」
「あ、ありがとう」
 自分で鏡を見た時、美少年が女装しているような違和感を覚えてしまった彼女も、彼にそう言われると…不意に自信が湧いて来る。少女らしくはにかみつつも、首筋を撫でると言う男性的な照れ隠しをする彼女の手を、彼はそっと握り締めた。
「さあ、面倒くさい事は先に終わらせてしまおう」
「ああ、そうだな」
 そう言ってから、彼女は自分の言葉遣いが余りに男性的だと気付く。彼は全く気にしていない様子だが、他の者たちはそうもいかない。貴族に生まれたからには、社交界で噂が飛び交う速度を知っている。こと、王宮での出来事は……王妃の髪型ですら大きなスキャンダルだ。そんな空間で、男のように話す王妃が存在出来ようはずもない。所作も、もっと貴婦人らしい物にしなくては。
一人、悶々と考えている彼女の顔を、彼は心配そうに覗き込む。
「具合でも悪いか?」
「あ、ああ……いや、何でも、あ、ああ……ありませんです」
 自分でも、おかしいと思う。以前、試した時も思ったが…やはり、十五年も男として生きて来た人間が突然、女らしくしようとした所で、難しい話だった。さりとて、夜の内だけでも改めなければ。そう思う彼女の頭を、ゼノンの手が優しく撫でる。
「言葉遣いなんか、気にしなくていい。君もあったろう、魔界の民が信奉する神が、どんな方々か」
「あ」
 そうだ。女性のような男神と男性のような女神。あの二柱(※はしら。神の数える際に使われる単位)を信仰する者たちが、女らしさなんて些細な事に囚われるものか。そう思い直し、普段のように笑う。
「無理に女らしくしなくていい。君は、何時だって可愛いよ」
「ありがとう」
 また、照れてしまった彼女を、彼は力強く抱き締め、あの不気味なマントで覆う。
「このまま、閉じ込めておきたいなあ」
 これまで十年近く、フランツの事が好きだったはずなのに、こうして彼に触れられると…彼女は心臓が熱くなる。自分の愛情はそんなに深くなかったのか、失恋の傷に沁みるのか。自身の中に原因を探してみる彼女だが…彼の顔を見上げ、思い違いに気付く。例え、他の男を愛していた女でも、魅了してしまうほど魅力に溢れている。
「なあ、ゼノン」
「僕は、君を好きになってもいいだろうか」
「願ったり叶ったりさ」