その決心が伝わったのか、彼は彼女の手を取る。彼女もその手を握り返す。すると、体が宙に浮かぶ。彼女は驚き、小さく悲鳴を上げてしまう。そんな彼女を彼は、そっと抱き締める。魔界へ連れて来られた時とは違う優しい抱擁に、彼女は酷く安堵する。次の瞬間、二人を突風が包む。彼女が思わず目を瞑り…数秒辛抱していると、不意に風が止む。
「さ、ついたよ」
 彼が優しい声でそう言うので、彼女は恐る恐る目を開く。すると、そこは、ルビーに似た赤い石で出来た神殿。その奥には、その石と同じ色の長い髪を持つ美男子と光のように輝く白い髪を持つ美女が立っている。
「貴女が、ゼノンのお嫁さんね。アタシは、死者の王にして破滅の神ロサリウスよ」
「オレが、冥府の共同統治者でこいつの妻、そして、終焉の女神ヘルセレニア」
 美男子…ロサリウスはは長身で筋肉質でありながら、言葉遣いも仕草も女性的でしなやかだ。反対に、妻のヘルセレニアは可憐な顔立ちと立ち姿でありながら勇ましい振る舞いである。その奇妙な状態に、アロイスがそこまで違和感を持たないのは、彼女自身、女性でありながら男性として生きるしかなかったからだろう。しかし、冥界の王が結婚とどんな関連があるのか、と言う疑問は残る。
「人間界の結婚と同じさ。神の前で永遠の愛を誓う。魔物は死者ではないが、生者でもない。だから、生者の神には祝福しては貰えない」
「ふん。あいつはそもそも、好き嫌いが多いんだよ。死んだ奴とか人間の悪感情とかな」
「その分、アタシたちがいるんじゃない」
「おう」
 ゼノンがアロイスの耳元で囁いた話によると、彼ら冥府の神と世界の守護者にして神々の王ソラウスには確執があるらしい。
「こーゆー話は後にして、式を始めましょう」
「だな」
 式は、至って簡素であった。ゼノンとアロイスが誓いの言葉を述べ、冥王夫婦がそれに応じる。どこからともなく少年少女が現れ、新郎に金の杯を渡し、赤い液を中に注ぐ。それを半分飲んだゼノンは、杯をアロイスに渡す。受け取った彼女は、残りを全て飲む。すると左手薬指の刻印が王冠を模したような物に変わる。ゼノンの左手に同じ物がある事を確かめた後…誓いの口付けを交わす。
「ん」
 初めてのキスに、アロイスの体は熱くなる。だが、それだけではない……。体中を熱湯が巡るような感覚に、アロイスは思わずうずくまる。その時、自分がいつもの三つ揃いでない、黒いドレス姿である事に気付く。男性と同じ長さだった髪も長くなり、地面を撫でている。それに気付いた辺りから、熱が収まっていき、数十秒で何事もなかったように立ち上がった彼女の姿は、最早、ルーネンベルク伯爵ではない
「結婚契約成立。魔界王妃の誕生ね」