ゼノン曰く、千年前に彼を滅ぼした男、ギギルスの生み出した分身が、あの化け物の正体。人間の血液、そこに宿る生命力を魔力を精製し、ギギルスの遺体にそれを注ぐ事で復活させようとしている。特に、生命力に溢れた若い男が狙われるらしい。
千五百年前、乱世にあった魔界を統一しようとしていたのが、ゼノンであった。当時は、ゼノン自身の魂が宿っている。その彼を阻もうとしていたのが、ギギルス。二人の戦いは壮絶を極め、五百年間続く。その果てに二人を一騎打ちとなり、相討ちなった。ゼノンもギギルスも滅びた…はずだったが、千年経過した現在、ギギルスの気配が蘇っている。そこで、ゼノンの肉体を蘇らせる事となり、それに足る魔力を持つ存在を探した結果、人間の少年が該当した。少年が既に死んでいた事もあり、その魂を冥界より招き入れ、ゼノンの体に宿す。それが今のゼノンらしい。
「何故、了解した?」
 魔王だなんて、人間の感覚で言えば、畏怖や嫌悪の対象でしかない。その上、他人になって欲しいだなんて、失礼な話だろう。自分であれば、それを了解する気持ちにはなれないと彼女は思う。そんな彼女に、彼は優しい笑みを向ける。
「野心かなあ」
「野心?」
「私は、君と近い境遇に生まれた人間でね。丈夫な体に生まれていれば、君と友人であった可能性もある。だが、私は死んでしまい、兄弟が跡を継いだ。だと言うのに…あいつは、それを放棄した」
 最後の一言を発する時、ゼノンの顔には憎悪のようなものがちらつく。魔王のそれとも違う、人間でありながら…悪意を持った表情に、彼女はフランツの面影を見てしまう。その幻影を振り払うように、話を元に戻す。
「それで、それが何故、君と僕が早急に結婚すると言う話になる」
「ああ。人間の結婚でも、配偶者の資産を共有出来るようになるだろう?それと同じで、私と結婚すれば魔王ゼノンの能力を運用出来るようになる。百パーセントとは言わないが…ギギルスは、より効率的に魔力を集める為に、分身を相当分けているようだから、十分に事足るはずだよ」
 その話を聞き、彼女は少し恥ずかしくなってしまう。説明なく連れて来られたとは言え、ゼノンの言動は自分の為だったのに。彼との結婚に後悔するなんて。そう思うと同時に、彼女は彼に頭を下げる。
「済まない。僕は、君に失礼な事を思ってしまった」
「あはは。律儀だな。思ったくらいならば、詫びる必要はない」
「だが、いや…いい。そうだな、撤回しよう」
 彼の言う通りであるし、本気で罪悪感を感じているならば、態度で示すべきだ。未だ、失恋の傷が完全に癒えてはいない為、好意を抱く事は難しいが…妻として誠意を見せる事は可能である。そう、決意を固めた。