本来、ここへ来る気はなかったんじゃないだろうか。
来る気はなかったのに、どうしても言いたいことができてここへ来た。

仕方なく、でも、どうしようもないことがあって……


私の視線を気にすることもなく、轟さんはさっとドアを開けて外に出てしまった。
その背中を見つめながら怒鳴られては大変とばかりに車外へ飛び出す。

日曜日の朝からお寺参りをする人はいない。
当然のことながら二人だけで、静かに門を通り抜けた。


「本堂」と書かれた看板の矢印通りに進んだ。
五段程度の幅広い階段を上がり、畳が数十枚敷かれたお堂の中に入った。


黄金色に輝く仏壇の奥には如来像が佇んでる。
その前には賽銭箱が置かれてあって、お焼香が出来るようになっていた。


(あ……お賽銭……)


慌てて財布を出そうとしたら、轟さんから「出さなくていい」と止められた。
自分の財布から千円を取り出し、スルリと箱に滑り込ませる。


手を合わせるから真似した。
合わせながら頭の中でいろんなことを考えた。


今日ここへ来るまでの間、轟さんの頭の中には何が駆け巡ってたんだろうか。

幼馴染の純香さんが言ってた通り、怒鳴り声の響くような家庭で育った頃のこと?

それとも、あの白亜の豪邸で暮らしだした頃のこと?

お母さんと二人で頑張ってた時のこと?

オフィスで悪い噂を立てられながらも孤独に戦ってた頃のこと?