轟だと名乗った男は救急箱を戻すと帰ってきた。
私の前に座り、短パンから伸びる長い足を組んで言った。


「何か食べるか?」


「いえ…何もいりません」


丁寧口調で断る。

彼が副社長だとしたらオフィスの上役だ。
横柄な態度なんてとってられない。


「らしくねー言い方だな」


そっちはどうしてそんなにざっくばらんなんだ。


「だって、あの……」


副社長なんでしょうとは聞けない。
自分から恋を終わらせるようなもんだ。



「あ、そうだ。さっきの」


呟いた後、思い出したように風鈴の入った箱を見せた。


「金魚で幸せになりたいならコレにしとけよ」


ガサガサ…と中身を広げて揺らす。

カラカラ…と、ガラスの玉が触れて鳴る。


風鈴の形は金魚鉢がひっくり返った様なものだった。

描かれてある金魚は、紅白のおめでたい色合いをしてる。


「ほら…」と手渡される。

ガラスの靴じゃなく風鈴なんだね。



「……ありがとう」


ございますを付けなかった。

指先で紐をつまみ、左右に揺らしてみた。


『カラン、カラン』


まるで下駄のような音色だ。



「可愛い…」


囁きながら胸がいっぱいになってしまった。


涙がポトン…と落っこちていった。


優しくされればされるほど惨めになる。


自分が情けなくて仕方ない。