ただあの子になりたくて



「なぁ、椿。お前どうしたんだよ」

私は背負っていた小さなショルダーバッグの端を握りしめ、押し黙る。

「なずなの顔はろくに見ないし、さっさと出ていくし、走ってくし。らしくねぇだろ」

拓斗の声がより一層大きくなる。

入り口につけたタクシーから降りてくるおばさんが、白い目を向ける。

それでも私はさっきの涙をこらえ続けながら、貝のように口を閉ざす。

たとえおかしく思われても、私にはあれ以上我慢なんてできなかった。

今、椿である私に説明できることなど何一つありはしなかった。

そんな時、私の前が陰り、落ち着いた声が私の心を包んだ。

「落ち着けよ。それだけ……ショック、だったんだろ。俺も、まだ信じられない……」

私たちの間に割って入るように立った蒼介。