~一ノ瀬 仁(いちのせ じん)~
ボクのオヤジは、車の整備士で自ら整備工場を営み、元々体が弱かった母さんは、ボクを産んで寝たきりになり、五ヶ月の赤ちゃんの頃に、天国に逝ってしもた。
だから、母親という温かい存在を知らんけど、男手一人で育ててくれたオヤジと、ボクを溺愛してくれるおじぃがおったから寂しくはなかった。
男ばかりのムサクルシイ中で育ったボクやけど、背は長身のオヤジに似て185㎝。
糸目はオヤジに似てしもたけど、サラサラの黒髪をもつ別嬪さんやった母親の顔によぉ似たせいか、イケメンや言うて、女の子は寄ってきてくれた。
そして一緒に住んでたおじぃも昔、電車の整備士をしとったせいか、昔から車や電車などの乗り物系が大好きで、小さい頃からの遊び場は、その整備工場やったんや。
車がまだ運転できへんかった小さい頃、車の整備で使う大事な工具やボルトなどの部品をブロック代わりみたいに遊んどって、
『こらっ!仁!
ここの工具は父ちゃんにとって命とおんなじ位、大切なもんなんや!
それにその辺は危ないから入ったらあかんとこやろ!』
言うてよぉ怒られたわ…
だから、物の一つ一つを大事に扱うこと覚えてきた。
小学校入ったくらいからかな?
キックボードや自転車を改造して、チャリドリしたり、バイクの免許がとれる16歳になったらさっさとバイクの免許をとって、そこらの“族”やないけどバイクをいじったりして18歳になるのを待っとった。
ようやく18歳になって、念願の自動車免許が取れたんや。
あん時は、ほんまに嬉しいて嬉しいてたまらんかったで。
学校は、車好きが高じて高専(高等専門学校)の機械科に進み、学校終わった後は一目散に帰ってオヤジの工場の手伝いに明け暮れてた。
工場手伝っとったんと、コンビニバイトの二足のわらじで貯めに貯めたお金で、中古やったけど“トヨタのソアラ”いう白い車…ボクが初めて買うた車の名前、ついに自分で手に入れることができたんや。
そしてボクは、なんの迷いもなく、二十歳になって高専卒業したら、オヤジの整備工場を継ぐもんやと思とったんや。

