繁華街の路地を曲がり、住宅街へと足を進めて行く伸彦。
彩華はその背中に声を掛けた。

「ごめんって、ヒコ。
そんなに怒ることないじゃんっ」

「怒ってねーよ」

「だって」

「呆れてるの。いくらなんでも人の話聞かなすぎだろ?」

振り向きもせず、伸彦が言う。
ああ、もう、今日は失恋したばかりだっていうのに、親切な友人まで怒らせてしまった。

「だから、ごめんって言ってるじゃんっ」

胸が詰まって涙が溢れる。
……折角、明の前で泣かずに終わらせたのに。

ケータイの着メロが、陽気に流れ出す。
彩華は涙をぬぐって、バッグからケータイを取り出した。

……明だ。

「どうしよう、ヒコ。
そーじょーさんからなんだけど」

伸彦は振り向いて肩をすくめた。

「出たけりゃ出れば?」

「出たくなかったら?」

つかつかと、彩華のところまで戻ってきて、手を差し伸べた。

「俺が預っとく」

「ありがと」

伸彦の手に、ピンクのケータイを渡した。
電話が切れるのを待って、ケータイの電源を切る。

そして、もう一方の手を差し出した。

「お手をどうぞ、お姫様」

この前見た映画の台詞そのままに言う。
低い声はそのまま、だが、台詞回しのせいかいつもよりぐっと優しい言葉遣いに聞こえてくる。

「ありがとう」

彩華は一瞬ぼーっとなりそうになって、慌ててその手を掴んだ。



そういえば、知り合いや友達に三人ヒコに告白した子がいたなー

なんてことを、ぼんやりと思い出す。

『彩、俺、彼女作らない主義だって、皆に言っておいてくれない?』

そんなことを、ヒコに、いわれた気がしなくもなかった。

でも、そのときは「どうして彼女たちはわざわざヒコを好きになるのか」の方が気になって仕方がなかったので、そんなことスルーしていた……気がする。