「紗雪……祐未は?」
ようやく少し私自身が落ち着いたところで、もう一人の親友の名前に触れる。
「祐未にも声はかけたよ。
祐未もこっちに来たいって言ってたんだけど家を抜けるのに失敗したって」
家を抜けるのに失敗した?
私みたいに家を出たことにも気が付いて貰えない存在も悲しいって思ってたけど、
この場所に来たいのに親に見つかって来れなくなってしまった。
今もこの恐怖を独りで抱え込んだまま、
どうにも出来ないでいる祐未の心を思うと胸が痛んだ。
「紗雪、祐未に電話してみてもいい?」
「そうだね。
里桜奈の方がTAKAファンだし同じメンバーのファン同士痛みが私たち以上に共感できるかもね。
かけてやんなよ。
その間に、私この後の情報探り出してくるから。
里桜奈はまだ何処にも行かず、この場所で待ってて。
病院の方に行くときは、皆でまとまって行くから」
「うん」
そう言って紗雪を送り出すと私は鞄の中から携帯電話を取り出して、
祐未の携帯番号を液晶に表示させて発信ボタンを押した。
ワンコール、ツーコール、スリーコールと呼び出し音は続いていくのに祐未の声が聞こえない。
じーっと祐未が出てくれるのを待ち続ける時間。
流石に切ろうかなって思い始めた時、電話の向こうが無音のまま繋がった気がした。
「もしもし祐未、里桜奈だよ。
今、神前の駅まで到着したよ。
到着はしたけど、まだ実感なんてわかないよ。
祐未も不安だよね。
私も紗雪に抱きしめられて、少しだけ現実に戻ってこられた感じがするの」
一方的に自分の思いを半ば押し付けるように吐き出す。
こんな時に、どんな言葉を選んで話せばいいのかなんて私にはわからない。
だけどとりあえず沈黙は嫌だから、祐未が話してくれるまで何でもいいから自分のことを話し続けたいと思った。
「……ゴメン。里桜奈、行けなくて」
ようやく聞こえた祐未の声は、かなり小さい声。
『祐未ちゃん、早く降りてきなさい。
Ansyalのファンの子たちから次々と電話が来てるんでしょ。
ったく家庭教師の先生をお待たせしてはダメよ』
そんな声と同時にドアをノックする音が聴こえる。
「ゴメン里桜奈、母が来たから紗雪にも宜しく」
手短な言葉を残して祐未との電話は回線が切れてしまう。
携帯電話を手にして立ち尽くしている間に今度は私の携帯が着信を告げる。
電話の相手は楓我さん。
小さく深呼吸して、通話ボタンを押す。
「もしもし里桜奈。
何度も電話しても電話が繋がらないから心配してた。
あの後、居てもたってもいられなくて今、里桜奈の実家の近くまで車で来てるけど出てこられる?」
「えっと……今私、実家に居なくて。
さっ紗雪に電話貰って、家勝手に抜け出して裕先生の病院の最寄り駅に居るんです。
TAKAの入院先が、その場所だってファンの情報網で連絡が来て」
「マジか。TAKAがうちに入院してたのか。
わかった。じゃあ俺もそっちに向かうよ。神前ついたら連絡するから電話でて。
神前悧羅に居るなら、俺のルートも役に立つかもしんないしな。
俺、世話になってるし。直弥も今日は当直だから」
楓我さんと電話をしてると、ふいに肩を指でトントンとする存在が居て視線を向けると、
何人かの友達と一緒に来た紗雪だった。
「楓我さん、紗雪が来てくれたから行くね」
そう言うと私は楓我さんとの電話を切った。



