「里桜奈ちゃん、いろんなことがありすぎて心がびっくりしてしまったんだね。
大丈夫だよ。
一つずつ、解決策を探していこう。
その前に、楓我が心配してるよ。
もう少し気持ちを落ち着かせたら入って来て貰おうね」
裕先生の声は不思議なほど心の中に響いてきて、
ぐちゃぐちゃだった自分の中が少しずつ落ち着いていくのが感じられた。
コップの中のオレンジジュースを飲み干してテーブルに置くと、
裕先生は扉を開けて楓我さんを招き入れてくれた。
「里桜奈、落ち着いた?」
「うん……。少し落ち着けた。ごめんなさい」
「ほらっ、また謝る。
謝んなくていいから、それより紗雪ちゃんだったかな?
直接の番号は知らないから、病院に電話をしてきて里桜奈のこと教えてくれたんだ。
それで直弥に車を出して貰った。
紗雪ちゃん、本当にいい友達持ったよね。
今も心配してるんじゃないかな?
此処に居ること連絡しなくていいのか?寮の関係もあるだろ」
そう言われて携帯電話を取り出して電源を入れる。
そこには紗雪と祐未からのメールや留守番電話が吹きこまれていた。
『里桜奈、大丈夫?思いつめてない?
寮の方は心配しなくていいから、落ち着いたら連絡して。
里桜奈のことだからまた一人で悩んでると思ったから、
迷惑かも知れないけど、病院に電話して楓我さん呼び出して貰った。
ちゃんと合流するのよ』
『里桜奈、紗雪に聞いてびっくりした。
なんか嫌なことでもあった?
私にも何でも相談してくれていいから』
そんな留守番電話の内容と、メールの内容が届いてた。
慌てて二人の電話番号を順番に呼び出して、
それぞれに電話をして今、楓我さんの家にいることを伝える。
その後は寮に連絡して、寮母さんに正式に門限に遅れてしまうことを伝えた。
その電話の途中またフォローをしてくれたのは裕先生。
体調を崩していたので暫く経過観察の為、連絡が出来なかったことになってた。
経過観察の時間が終わったら、また裕先生が寮まで送り届けてくれる形で話をまとめてくれて、
私はもう暫くこのマンションで過ごせることになった。
楓我さんや裕先生、須藤先生たちに手伝って貰いながら整頓していったのは私の時間の使い方。
やりたいことをズルズルしていても成果はあがらない。
やりたいことを確実に、時間を決めて短気決戦型でやるようにスケジュールを組んでいく。
時間に追われストレスに追われてしまうと精神的にも追い込まれてしまって、
負の感情の連鎖が起こってしまうので、それを回避するために就寝時間と言うのもきっちりと決められてしまう。
本当に【こんな時間配分でいいのかな?】って思うような一日の流れだったけど、
寮に戻ってそれを実行するようになったら前よりもいろんなことが開けて行ける気がした。
しっかりと睡眠時間をとってるから授業中に居眠りすることもないし、
集中力が持続できるからギターの練習もいつも以上に集中できているような気がして。
やってることは変わってないのに一緒に考えて貰った時間の使い方で、
私の心的にもゆとりって言うか焦りが不思議なくらい消えていった。
練習もバイトもない放課後の自由な時間。
大学に復帰した楓我さんの滞在時間を狙って、時折マンションにもお邪魔する。
一緒に居る時間は、楓我さんと一緒にAnsyalの音楽を楽しむ。
そうやって迎えた一問一点、一科目100門の学院二学期の実力試験も
全て満点でクリアして、秋の文化祭に向けての練習も最終段階になる10月末。
初心者の私でも、何とかAnsyalのコードを多少簡単にアレンジしながら演奏出来るようになった。
11月3日。
文化祭当日、その日……学院側から各生徒の保護者宛に郵送されていた招待状を手にして、
来て欲しくないと思ってた母さんが再び学院へと顔を出す。
軽音同好会としてステージに立つことに対して不快感をあらわにしながら、
私の方に視線を向けていたもののステージを終えた私を見届けて何も言わずに無言で退室していった。
母の行動にズキっと心が痛んだけど、
だけどその日の私は目標をやり遂げられた充実感でいっぱいだった。
道に迷ってしまった時間もあったし私は弱いから、
すぐに臆病になってしまったりいっぱいいっぱいになってしまったりしたけど、
それでもちゃんと目指した場所までは辿り着けた。
*
そんな些細なことの積み重ねで、少しずつ自分を認めていけばいいんだよ。
*
学院祭の後の診察の日、嬉しくなって報告した裕先生は、
そう言って私をまた一つ認めて受け入れてくれた。



