息が吸えないような錯覚に陥って思わず柵にもたれかかった時、
「里桜奈」っと私を呼ぶ声が聞こえた。
思わず声がする方に視線を向けると、
そこには入院してるはずの楓我さんと楓我さんの主治医の須藤先生が並んでた。
「直弥の車、そこにあるから乗って」
そう言うと、楓我さんは私を支えるようにして道路脇に停車している車へと乗りこませた。
車内で誘導されるままに、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返している間に少しずつ息苦しさが落ち着いてきた。
「大丈夫?」
心配そうに話しかけてくれる楓我さんの声に私はゆっくりと頷いた。
「直弥、俺たちの家に連れて行っていいだろ」
「そのつもりだろ。最初から」
「まぁ、そうだけど……裕も後で来るから都合いいだろ」
そんな会話の後、車は地下の駐車場へと侵入していく。
ゆっくりと停まった車を降りると5月ぶりに楓我さんと須藤先生が生活している部屋へと連れていかれた。
指定されたソファーに腰掛けたまま、ただ目の前の壁を見つめる。
「里桜奈、何があった?」
「……」
楓我さんが心配して声をかけてくれても、
私は何も答えられなくて、その場で黙り込んだ。
「また、だんまりか」
そんな声が聞こえてテーブルの上に飲み物の入ったコップを置いて須藤先生は出ていった。
「怯えなくていいし。
直弥は何時もあんな感じだし。
それより、とりあえず飲みな」
そう言って楓我さんは、私に飲み物を進めてくれた。
今も項垂れたまま、コップへと手を伸ばして引き寄せると一口、口の中に含んで飲み込む。
オレンジジュースの酸味が口の中に広がった。
ふいにノック音がして聞きなれた声が「入るよ」っと部屋の中に響いた。
「楓我は直弥の方に行ってて貰っていいかな?
今は楓我より私の出番かな」
そんなことを言いながら、裕先生は近づいてくると楓我さんは入れ替わるように部屋を出ていった。
どうしてだろう……裕先生が傍に居てくれるって認識したら涙が止まらなくなって自分では制御できなくなる。
「涙は前に進ませてくれる。
だから今は泣きたいだけ泣きなさい。
涙がおさまったら、いつもの様に心の中に感じる想いをきかせて貰えるかな?」
そう言って裕先生は私の近くにゆっくりと腰掛けた。
流れ続ける涙が少しおさまりかけた頃、私は鼻をすすりながら今日会った出来事を話し始めた。
ギターがもっと上手くなりたいのに、思うように上達しないこと。
紗雪や祐未、伊澄。
周りの皆は凄く上手く感じるのに、私自身が下手くそすぎて凄く迷惑かけてしまっているように思うこと。
迷惑をかける=呆れて離れられて、また一人ぼっちになってしまうような恐怖が付きまとってること。
ずっと練習をしても効率よく出来ず、学校の成績も少し下がってしまったこと。
母親を呼び出されて、また否定されてしまったこと。
そして……また、悪魔の囁きが自分の中に聞こえてしまったこと。
息苦しくなって動けなくなってしまったこと。
誰にも話せなかった想いなのに裕先生にだけは吐き出すことが出来る……それが自分の中では不思議だった。



