言葉も何も交わせぬままに彼のぬくもりを感じ続けた。
長くHCUに滞在できるわけもなく、
ほどなくして促されるままに後にする。
着ていたガウンを籠の中に戻すと、
入れ違いに入ってきた須藤先生に小さくお辞儀をした。
「せっかくだから少し話していかない?」
裕先生が穏やかに微笑んで切り出す。
その言葉に頷くと、裕先生の部屋へと向かった。
広い病院の中の最上階。
最上階にある部屋に辿りつくと、
手前の重厚なつくりの扉を開けて私を室内に招き入れる。
革張りのソファー。
天然石で作られたようなテーブル。
明らかに豪華そうなその部屋で、
促されるままに高級そうなソファーに腰を下ろす。
テーブルには、ケーキとハーブティーが用意される。
「どうぞ。
食べれるだけ食べるといいよ」
そういって微笑むと裕先生も向かい側のソファーに腰を下ろした。
いつもの診察室とは違う場所で、
向かい合わせになるとなんか緊張する。
緊張を誤魔化すようにカップに手を伸ばして、
一口、口に含むとカモミールの甘い香りが口の中に広がって心が穏やかなる。
場が繋がらなくてケーキを食べ終えた頃、
静かに微笑んだその人は言葉を切り出した。
「里桜奈ちゃん。
何か言いたいことがあるよね?
その為に今日は楓我君のところに来たんだよね」
優しい言葉で威圧感も何もないんだけど、
その言葉は、しっかりと届いて逃げ出すことを許してくれない雰囲気を感じる。
気が付いたら誘導されるままにいつものセッションの時のように、
学校で起きたこと井川さんのこと紗雪の言葉を伝えたうえで、
私の思いを……洗いざらい吐き出してた。
言葉に出来なかった思いをはっきりとさせた途端、
ぐったりとしそうなほどの疲労感が押し寄せてくる。
「そう。そんなことがあったんだね。
学校で。
里桜奈ちゃんはどうしたいか心の中では決まってるんじゃないかな?
里桜奈ちゃん自身は決まっているのに過去が前にちらついて怖くなってる。
弱いのは恥ずかしいことなのかな?
苛められるのは恥ずかしいことなのかな?
里桜奈ちゃんは、その苦しみを知ってる。
それは辛い時間だったけどその分、誰かに優しくなることが出来る。
他の人が気が付かない部分まで物事を考えられて、
優しくすることが出来る。
辛い時間の中で里桜奈ちゃんは、かけがえのない大切なことを教えて貰ってる。
紙一重の強さを」
紙一重の強さ?
裕先生の、その言葉が私の中で引っかかる。
そんな考え方なんてしたことがなかった。
苛められた経験を持つ私だからこそ、
大切なものを学習してるなんて。
毎日が嫌で嫌で、忘れること、関わらないこと逃げだすこと、
そればかりしか考えられなかった真っ暗なあの時間に、
私が学習してる大切なことが本当にあるの?
「私は何も出来ないし優しくもなければ強くもないよ。
だから井村さんに対して見知らぬフリをしたの。
絶対とは言えないけど、井村さんがああならざるを得ない状況を感じながら、
自分が大切だから。
昔に戻りたくないから。
だから……」
私が一番大嫌いな人種に自分がなっちゃった私自身が許せないだけ。
そんな自分が大嫌いなだけ。
自分が嫌いな自分と仲良くなってくれても嬉しさなんてわからなくて、
何もかもかが偽物の薄皮に覆われた世界みたいに見えて苦しくなった。



