紗雪に言われるまで、
私……一ヶ月以上もクラスメイトしてるのに名前すら覚えてなかった。


ちょっとした自分自身の現状にショックを覚える。

名前を覚えるなんて人としてちゃんとしないといけないことなのに、
名前すら覚えてなかった。


覚えようとしてなかった。



名前、覚えられない悲しさ一番知ってるはずなのに。



「井原裕未【いはらゆみ】。
 幼等部からの生粋のフローシアっ子。
 
 元特進クラスの子なのよ。

 特進国英コースだったんだけど進学コースに組替えされてそれっきり。

 もともと特進と一般って壁があって校舎も違ってて交流もないからさ。
 取っ付きづらくて誰も距離をとるようになったって感じ。

 ほらっ、空気わかる?
 気軽に話せそうな雰囲気でもないでしょ」



紗雪の言葉に心がチクリと痛んだ。


確かに人を踏み込ませまいとするその空気は、
人を寄り付かせにくいかも知れない。



現実、今……私も井原さんに対してそう感じてる自分が存在してるから。
だけどそれと同時にそうしないと……心が壊れてしまうから。


その行動が自分を守るための防衛本能でもあると言うことを知っている。



「まっ、そんな感じ。

 だから、井原のことは放っておいたらいいと思う。
 自分で心を開こうとしない人に、こっちから近づいても疲れるだけだから。

 だったら、それは友達じゃないよね。

 一方通行なんだからさ。
 一方通行なんて保護者だけで十分じゃない?


 それより、里桜奈今日、放課後カラオケ行かない?
 なんかさ、インディーズの曲がそれなりに入ってるカラオケボックス見つけたんだ。

 Ansyalも全部じゃないけど、それなりに入ってたんだって。
 だから……テスト休み入るしテスト前にパーっとね」




早々に井原さんの話を切り上げて紗雪ちゃんは、
放課後の話題をはじめた。


まだすっきりしない中、その放課後の話題に小さく頷く。



「決まりっ。
 郁美、佳代 放課後、里桜奈も行くってさ。
 話し終わったから、こっちまたおいでよー」



通る声で、紗雪が郁美ちゃんたちを呼び寄せると、
二人はプリントを持って歩み寄ってくる。



あっと言う間に囲まれる机。

そんな光景すら、あの時間を長く過ごし続けた
私には珍しくて。



大切すぎて。



今のこの時間を守りたいとすら……思ってしまう。



井原さんのことが、心の隅っこにひっかかりながらも、
紗雪たちに嫌われてしまうのが怖くて見知らぬフリを決め込む。


時折、視界の先に捕らえる井原さんの姿をうつしながら時間はゆっくりと過ぎていく。 



その日の放課後、紗雪たちと初めてのカラオケに出掛けて覚えたAnsyalの曲を、
一行ずつ変わりばんこにマイクをまわしながら歌う。


LIVEさながら振り付けを踊って、
カラオケボックスの中はちょっとした盛り上がりを見せる。