「里桜奈ちゃん。里桜奈ちゃん落ち着いて。
俺が居るから。
君は独りじゃないから。
大丈夫だよ。
ちゃんと、ゆっくりと周り見てごらん。
電話から誰の声が聞こえる?」
凄く不思議。
急ぐでもなく、怒るでもなく、慌てるでもなくゆっくりと、
声をかけてくれる楓我さんの声に体のこわばりが少しずつ解放されていく。
深く息を吸い込むと肺一杯に広がり始める酸素。
「……楓我さん……」
何とか落ち着いたところで今度は名前を紡ぐ。
「落ち着いた?
里桜奈ちゃん」
「はい……。
なんかごめんなさい。
実家で母と一緒にショッピングモールで買い物してたら急に苦しくなって。
気がついたら楓我さんに電話してました」
「頼ってくれていいから。
俺も里桜奈ちゃんから電話貰って嬉しかったから。
里桜奈ちゃんって寮生活じゃなかった?」
「今、GWで寮が閉鎖してるんです。
行き場所ないから……必然的に家に帰るしかできなくて」
そう。
寮が開いてたらここには戻ってきてない。
この場所は過去の私の場所。
今の私の居場所じゃないから。
「わかった。
なら迎えに行くよ。
今、明日のLIVEもあって俺、一時退院中だし。
その代わり俺のマンション同居だけどね。
直弥のマンションに居候の身だから。
でも自宅よりマシだろ」
「えっ?
でっ……でも……」
「里桜奈、その場所に居たい?」
「居たくない」
「なら誰か里桜奈の友達で話あわせてくれる子いる?
俺、まだ……堂々と里桜奈の家族には会えないしな」
楓我さんのその言葉に思い浮かぶ紗雪の言葉。
「あっ、居ます。
紗雪に頼めば大丈夫だと思う」
「そう。
なら、里桜奈ちゃんの自宅近くの最寄り駅まで高速飛ばして行くから」
楓我さんが電話を切ると、
慌てて紗雪の携帯に電話をかける。
「もしもし、紗雪」
「里桜奈、どうしたの?」
「もう……家離れようと思うの。
明日、一緒に行く楓我さんがマンション来ていいって。
だから紗雪の家にいることにして貰っていい?」
こんな計画初めて。
初めてのことで心臓が高鳴ってる。
「うん。いいよ。
今、里桜奈のお母さんいるの?」
「今、トイレに逃げ込んだから」
「わかった。
じゃあ、五分後に電話するから」
紗雪との電話を切ってちょっと軽くなった心持で、
母が居る場所に向かう。
「里桜奈っ。
トイレにどれだけ時間かかってるの?
心配するでしょ」
すでに母の思うままに私の洋服を買い物したらしく、
両手に買い物袋を抱えてる。
「持つよ」
母の抱える荷物をその手から受け取って食料品売り場。
母の後ろを歩いていく。
……紗雪……電話、遅いよ。
母と二人。
無言のままで歩く空気は時間が過ぎるのがあまりにも長すぎて。



