「ただいま」


小さく呟く言葉。



「里桜奈。 帰ってくるならちゃんとそう言ってくれたらよかったのに。
 駅まで迎えにいったわよ。

 でも、お父さんが喜ぶわ」


荷物を持って暖かく迎え入れてくれる母親。


「お父さん、お父さん。里桜奈が帰ってきたわよ」


私の鞄を手にしたままリビングへと駆け込む母親。
リビングからは入れ違いに出てくる父親。



「……ただいま……」


やっとの思いで絞り出した言葉。



「入りなさい」


父はそれだけ言うとすぐにリビングに戻っていく。



「てっ言うか、おねーちゃん帰ってきたんだ。
 お帰り。
 
 あっ、一つ事後報告で悪いけど私の部屋、
 お姉ちゃんの部屋と交換させてもらったから。

 もう家に居ない人の部屋大きくなくてもいいよね。
 
 たまにしか帰ってこないんだし。
 でも……帰ってきたんだ。

 もう、一生帰ってこないのかと思ってた」



美桜の言葉が容赦なく突き刺さる。



「帰ってきてごめん。
 部屋……わかったから。

 入るとき間違えない」



すぐにでも、家から飛び出したくなる気持ちを殺して何とか居続ける自宅。


「帰ってくるのわからなかったから簡単なものしか出来ないけど、
 今、ご飯用意するから食べなさい」



部屋に逃げだしたい私を抑圧するように、
母親がキッチンに立ってご飯を作り始める。


「里桜奈、そこに座りなさい。

 久々の自宅だ。
 学校はどうだ?」



リビング。
お父さんの座るソファーの隣に指示されるままに腰をおろす。



「楽しいよ。
 紗雪って友達も出来た」

「そうか」


小さく頷いた父の表情が少し嬉しそうだった気がした。


「ようやく里桜奈も人並みになれたってことね。
 中学校まで心配したわよ。

 里桜奈は友達一人作れない協調性のない情けない子供に、
 なんでなっちゃったんだろうってお母さんずっと思ってたもの。

 そう。
 里桜奈にも友達が……」



簡単に親子丼を作ってリビングに持ってきてくれた母は嬉しそうに話す。

……居づらいよ……。


ゆっくりと味をかみ締める精神的余裕もないまま、
出されたものを一気に胃の中に流し込むと食器を持ってソファーをたった。



「お母さんが片付けるから里桜奈はいいわよ。
 明日はお母さんもお休みなの。
 
 里桜奈の洋服を買いに出掛けて、
 夜は里桜奈が食べたいもの作ってあげるわね」


今も微笑む母。



「有難う。
 今日、疲れたからもう休むね」



荷物を持ってリビングを後にする。
歩きなれた階段。

そして……家を出たときとは違う場所になった私の部屋。
美桜の部屋だったドアをゆっくりと開く。