キョロキョロと辺りを見回して、
部室近くの壁際から顔を覗かせる。



ここが私の居場所。



広い校舎の敷地の中で、中学に入って三年目になる今でも
私が息を潜めるように生息できる場所は少ない。



校舎の一角、角側にある小さなスペースから、
自転車置き場をゆっくりと覗き込む。


視界の先には人、一人いない。




それは当たり前。
冬期下校時間は、もうとっくに過ぎてる。



下校時間が過ぎて生徒が帰路について、
シーンと静まり返った空間。


誰も居なくなった校舎。



誰も居ないのを確認して安堵しつつ、
周囲を見渡しながら自転車置場まで歩みを進める。




「君、まだ居たのか。
 生徒の帰宅時間は過ぎているよ。
 早く帰りなさい」



警備員の制服を着た巡回に訪れた警備員の冷たい声。


だけど……この警備員も、
虐めの事実を知っても介入して来ようとなんてしてこない。



下校時間が過ぎたなんて、
言われなくてもとっくに知ってるよ。


私だって、いつまでもこんな場所に居たいわけじゃないんだ。



早く帰って、自分の部屋で安らぎたいに決まってるじゃん。
部屋の外は敵ばかりで落ち着ける世界じゃないもの。



だけど……居るしかなかったの。



身を潜めて、あいつらが帰宅するのをやり過ごすしか、
私が平和に帰れる保証はなかったんだから。




思わず涙が毀れそうになるのを必死に堪えて、
「さよなら」っと心の篭ってない言葉を一つ残し、
警備員の前を通過した。


義務的に返される「さよなら」と言う言葉を背に受けながら。






自転車の傍、制服のポケットから鍵を取り出して差し込む。





その後は、鞄の中から機械的にポケットティッシュを幾つか取り出して、
自転車の座面にこびりついた何かを丁寧に拭き取って行く。



一昨日は痰。
昨日は絵の具。


今日は……多分、この赤こげ茶のような、
茶色のようなこびり付き方は誰かの血液かもしれない。



その赤茶色のものをティシュにふき取って、
いつものようにタイヤに指を添える。


タイヤは予想通り、ペコリと凹んでしまう。





またかっ……。




溜息をついて携帯電話を取り出すと、
電話帳から自宅のナンバーを呼び出す。



数コールの後、お母さんの声が聞こえた。



「もしもし。
 吉崎です」

「あっ、お母さん。
 私、里桜奈。

 ごめん、お父さんが帰ってきてたら今日も車で迎えに来て貰えないかな。
 自転車パンクしちゃって」




自転車パンクしちゃって……。
こうやって両親に電話をし続ける三年間の毎日。



電話をかけるだけでもストレスだけど、
自宅から学校まで自転車で40分の道程を毎日自転車を押して歩き続けるのは
自転車を手で押しなしんどすぎるし、代わりになる交通機関も存在しない。



ひとまず自転車を押しながら学校を出ると、
警備員は何事もなかったかのように学校の門を鍵をかけて
警備員室へと戻って行く。


校門の前に自転車をとめて携帯で電話し続ける私。