裕先生と楓我さんと出掛ける初めての買い物。


裕先生が先に顔を出したお店は、
紅茶の茶葉と高級そうなジャムだけが並ぶ専門店。


紅茶の香り高さが漂う優しい空間に、
茶葉だけがズラズラーっと並ぶ。


そこで次から次へと茶葉を注文している後姿を見つめる。



「ほらっ。
 里桜奈ちゃん、こっち来てみなよ」



声に誘われるままに楓我さんの方へ行くと、
スタッフのお姉さんから試飲用の紅茶が差し出される。



甘いバニラの香りが漂う紅茶。



「こちらの紅茶は苺のショートケーキをイメージして作られた品です」


香りはとても甘いのに一口含んだ紅茶は甘さが殆どないことに驚く。


そしてもう一つ。

何を食べても飲んでも、美味しさが感じられなかったのに、
今は、その紅茶の香りを感じ取ることが出来た。


砂のような感触がなかった自分の味覚に嬉しくなって気になる紅茶を買いあさる。



あっと言う間にお財布の住人は旅立ってしまって、
そのまま近くのATMまで押しかける。


今まで買い物なんて自分で殆どしたことないから貯金だけはバッチリ。
福沢さんを数枚、一気に引き出して財布に突っ込む。



初めて、買いたいものが出来た。
その喜びが強くて。



紅茶とジャムの専門店を出た後は、
初めての楽しい時間にはしゃぎすぎる私のお守りをしてくれる二人。


初めて購入するお洋服。


長袖のカットソーにストール。
そしてソフトチュールのロングスカート。


購入したお洋服にその場で着替えて、
今身につけている洋服を紙袋の中に入れて貰う。


その後は洋服に全く似合ってない運動靴を、
可愛らしいシューズを探して履き替えて。



楽しい時間の合間にもやっぱり時折発作のような状態は襲ってきたけど、
その度に楓我さんと裕先生がフォローしてくれて私は楽しむことが出来る。




「君」の存在が……二人の存在が今はとても優しいから。



その後もAnsyalを楽しむためのデジタルオーディオプレーヤーを購入して、
最初におろした福沢さんがあっと言う間に旅立って、またATMに戻って引きおろして。


初めての感覚が今は楽しくて。



「そろそろ、行こうか?」



楓我さんの言葉に差し出された手を捕まえてゆっくりと歩いていく。


もうすぐAnsyalのCDに出逢える。


たかがCDだって言うのに、凄くドキドキして……心臓が破裂しそうな感じ。
恋をした時も……こんな感じなのかな?


あの日、初めてAnsyalの曲に触れたときから、
もしかしたら小さな憧れの恋は始まってるのかも知れない。


いろんな感情を沢山引き連れて。