愛しい人

 花名が会いたくない客がいるのだというと、樹は驚いたように目を見開いた。

「ちょっと待って、小石川さんはその客に、なにかされたの?」

「いえ、そういうわけではないんです」

「本当に?」

「はい」

「シフトのことは早急にどうにかするとして、明日からしばらく休むかい?」

 花名はあわてて首を横に振った。

「休むなんてそんな。私はただ、シフトの変更をしてもらえたらいいんです」

 シフトの変更だけでも迷惑がかかるのに、休暇を取るなんてできるわけがない。けれど樹は首を縦には振らなかった。

「いやだめだ。これはマネージャー命令だからね。いいから休んで。明日は僕がフォローに入るから店のことは心配はいらないよ。わかったね」

「申し訳ございません」

 泣き出しそうになりながら頭を下げると樹はテーブルの上に乗せた花名の手に自分の手を重ねた。

突然のことに花名は戸惑ってしまった。

振り払っていいものか、それすらもわからずに固まっていると、今度は手を握りしめてくる。

「あの、樹さん!」

驚いて声をあげると、樹は慌てて手を放した。

「あ、ごめん。頼ってもらえてうれしかったからつい。これってセクハラだね。ごめん」

「セクハラだなんてそんな。すこしびっくりしただけで……謝らないでください」

むしろ、いろいろと配慮してくれる樹には感謝しているのだ。

「ならよかった。明日から休んでいいよ。シフトの調整がついたら連絡するね」

「分かりました」

 こうすれば、純正が花束を買いに来る日に店に出ないで済む。

純正を避けても何の解決にもならないことくらいわかっているのだけれど、いまの花名にはこうすることしかできなかったのだ。

「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」