愛しい人

とぼとぼと廊下を歩きながらナースステーションの前を通り過ぎる。ふと顔を上げると個室の前の廊下に家族らしき人たちが大勢集まって泣いていた。

(……誰かが亡くなったんだ)

花名は急ぎ足でその前を通り過ぎるとその先にあるランドリーに向かった。

あいにく、いくつかある洗濯機はすべて用中だった。表示された時間を見てまわり、その場で待つことにした。

使い古された丸椅子に腰かけて、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待った。

やがて入院患者らしき男性が仕上がった洗濯物を取りに来て、花名に声を掛けてくれる。花名は会釈だけすると洗濯機の端にある機械にプリペイドカードを通し、洗剤を入れた。

仕上がるまでの六十分をいつもは母親の病室で過ごすのだが、今日は足が向かない。しばらく考えた花名は談話室の自販機でコーヒーを買い端の方に腰を下ろした。

コーヒーを啜りながら読みかけの小説を開いてみるが、ストーリーがまったく頭に入ってこなかった。

「小石川さん?」

 不意に声をかけられて、花名ははじかれたように顔を上げる。

すると白衣を着た若い男性がすぐ傍に立っていた。