愛しい人

「やばい、死ぬかと思った。てかさ、そんな怒ることないじゃん。僕はただ、彼女に助言しただけだよ」

 にやりと口元を歪めて晴紀は笑った。まるで悪魔のほほえみのようだ。純正はこの顔を幾度となく見てきた。晴紀の暗く淀んだ裏の顔だ。

「やっぱりお前の仕業か」

「どうだった? 意外とよかった?」

 純正の瞳の奥を覗き込むようにして晴紀は言う。

「……お前と一緒にするな!」

 沸き上がった怒りはもうすでに沸点に達しそうだった。晴紀はそれをさらにあおる。

「まさか何もしてないわけ? せっかくチャンスをくれてやったのに純正って、馬鹿なの?」

「チャンスだと? いったいお前はどこまで俺を苦しませたら気が済むんだ!」

 声を荒らげて、拳を握った。怒りでわなわなと腕が振るえる。けれど晴紀は、へらへらと笑いながら純正を挑発した。

「殴りたいならどーぞ。でも僕にそんなことしていいのかな?」

純正は振り上げた拳を壁に打ち付けた。それで怒りが収まるはずがない。物事の大小はあれど、今まで幾度となく繰り返されてきたことだった。