愛しい人

母親の入院費は思った以上にかさんだ。限度額を超えた分は国の制度が保証してくれるが、食事代は自費で、見舞いに行く交通費も自腹だ。実際のところ、それすら捻出するのが厳しい状況だった。

早く借金を返済できれば少しは楽になるのだが、あと少しが返せない。病の床に臥せっている母に、こんな愚痴をこぼせるわけもなく、花名はひとりで耐えるしかなかった。

「お母さん、体調はどう?」

 都立病院の五階内科病棟。四人部屋の窓際のベッド。急性期の病棟ということだけあって入退院が多く、今や花名の母親がこの病室の一番の古株になってしまった。

「あら、花ちゃん。いらっしゃい」

 母の顔はまるで陶器のように透き通った白をしている。頬の肉がそげ、鎖骨が浮いていた。

「なんか、痩せた?」

 痩せたというよりはやつれている。毎日見ていても分かる程の変化というのは異常ではないだろうか。本当に検査の結果が良ければ退院できる状態なのだろうか。花名は母の顔をじっと見つめた。

「やだ、花ちゃん。そんなに見ないで。大丈夫よ。じゃなきゃ先生も退院の話なんてしないでしょう? それに食欲はちゃんとあるのよ。今日は夕食の後、お向かいのベッドに入院してきた添田さんに苺をただいて食べたの」

 美味しかった。そう言って笑う母の顔には元気だった頃の面影がない。湧き上がる不安に耐え切れず、花名は洗濯物が入った袋を掴むと「洗濯してくるね」とだけ言って病室を出た。