愛しい人

 その日の夕方。母の病室へと顔を出し、その足で純正のマンションへと向かう。掃除洗濯をして、夕食の準備を終えた。しかし、純正はいつになっても帰ってこない。

「先生、どうしたんだろう?」

 今日は当直ではなかったはずだ。

ひと月のスケジュールはあらかじめもらっている。当直や研修会などで食事がいらない日は掃除洗濯だけでいいということになっていた。そういう時は仕事さえ終われば帰っても問題はない。

けれど帰宅するのであれば、勝手に帰るのは気が引けた。

「スケジュール表を見間違えたのかしら……」

 急に不安になった花名は手帳をバッグから取り出す。

スケジュール表に印がついていないことを確認すると手帳を閉じた。

その時、なにかがひらりと床に落ちる。けれど、花名はそれに気づかなかった。

「やっぱり今日はなにもない日だったじゃない。もう少しだけ待ってみようかな」

 キッチンのスツールに腰を下ろし、何気なくスマホを手に取った。すると新着メールがあることに気付く。晴紀からだった。

昼間の印象そのままに、丁寧な文章でスマホの修理代は負担させるつもりがないと書かれていた。

ドアの近くを歩いていた自分にも非があったし、ちょうど買い替える予定だったので気にしないでほしいとのことだった。

「深山先生って飾らない、いいひと」

 さらに読み進めると、何でも相談してくださいとある。母親の事でも結城のことでも自分に力になれることがあればなんでも言ってくださいと。

花名は返信用のフォーマットを立ちあげて、ないもしないというのは心苦しいので、お茶に誘わせてくださいと書いた。そして、一番聞きたかったことをしたためる。