愛しい人

 次の日、花名は昼休みに母親の病室に顔を出した。

「お母さん、具合どう?」

「あら、花ちゃん。いらっしゃい。なにも変わりはないわ」

 母の言葉を聞いて、花名はほっと胸をなでおろす。ゆっくりと体を起こすとほんの少し申し訳なさそうな顔をして雅恵は言った。

「こんなこと言うなんて贅沢かもしれないけど、部屋にひとりでいるとつまらないのよね。結城先生は毎日診察に来てくださるけど、すぐにいなくなってしまうし」

 まるでホテルのような内装の病室は、全て個室だ。静かでいいはずだが、長く入院生活を送る母にとって、誰もいない空間で一日を過ごすということは退屈でしかないのかもしれない。

「それはそうよ、先生はお忙しいんだもの。私もできるだけ顔出すようにするね」

 母親の入院してた病院が職場のすぐそばに移ったことで、以前よりも顔を出す時間が取れるようになった。それだけでもとても楽だ。

「ありがとう。うれしいわ」

「うん。じゃあ、仕事に戻るから行くね」

 後ろ髪惹かれる思いで病室を出ると、勢いよく誰かにぶつかってしまった。