愛しい人

 花名は雨の中を歩き始めた。大粒の雨はあっという間に花名の全身を濡らし徐々に体温を奪っていく。

身震いをした花名は自分を抱きしめるようにして両腕をさすった。

「どうしよう、すごく寒い」

唇が震えて、歯がカチカチとなる。やがて体ががくがくと大きく震えだし、身動きが取れなったしまった。

花名はその場にしゃがみ込んだ。それでも容赦なく降り注ぐ雨に背中を撃たれつつ考える。このまま死ぬのかも知れない。その時、車が急停止する音が聞えた。

「どうしました? 大丈夫ですか?」

大きな手が、花名の肩を優しく揺する。大丈夫だと答えたくても、花名の唇は寒さで動かない。
上半身を起こし、やっとのことで顔を上げると、目の前にいたのは純正だった。

「……君」

「……先生、私……寒くて」

 そう伝えるのが精一杯だった。純正にあったら話すことがあったのに、今は何も考えられない。

「当然だよ、こんなに濡れて。とにかく温めないと、命にかかわるかもしれない」

 純正は花名の体を抱き上げると、自分の車の後部座席に乗せた。エアコンの温度を最大まで上げて、車を発進させた。