愛しい人

「なんていうか、明らかに冷静さを欠いているようで、なんていうかあんな先生初めて見ました。もしかしたら、自分の過去を重ねているのかも知れません」

「結城先生の過去?」

「あ、と。これは、言わなくてもいい話でした。忘れてください」

「分かってます。口外はしません。お忙しいのに、お時間いただいてしまってすみませんでした」

「いえ、こちらこそ。遅くまでどうもすみません。治療のことはなるべく早くご決断下さるとありがたいです」

「そうですね。よく考えてみます」

 大津はエレベーターホールまで送ってくれた。消灯時間を迎える院内は不気味なほどの静寂が全てを包み込もうとしている。

「では、お気を付けて」

「はい、失礼します」

 扉が閉まると花名は一階のボタンを押した。普段よりもやけに耳に着くモーター音を聞きながら大津の言葉を反芻するように呟いた。

「……自分の過去を重ねている」

 花名はあの日の純正を思い返した。彼は花名が何としてでも母親を助けたいと言った時、彼は強く反対した。

――そんなふうに大切な人を救おうとして、人生を棒に振った人間を知っている。

あれは、医者としてではなく、彼自身の言葉ではなかったか。もしかしたら彼も、自分と同じような過去があったのかも知れない。そう考えれば合点がいく。そして彼は、自分の人生を犠牲にして大切な人を救った。

(もしそうだとしたら、私、先生に酷いことを言ってしまった)

 純正のことを最低だと罵ったことを思い返し、花名は下唇を噛みしめた。