愛しい人

「拡張型心筋症?」

「そうよ。純正も大学で習ったでしょう」

 拡張型心筋症とは、心室の筋肉の収縮が悪くなり心臓が拡張して、心不全や不整脈を生じる予後不良の疾患だ。

原因は遺伝子異常、ウイルス感染、その他の様々な原因が考えられていますがはっきりしていない。比較的安定した状態で経過する場合もあるが、多くは進行性で心不全や不整脈を生じ予後不良と言われている。

「実は少し前から診断はついてたんだけど、仕事が忙しくて治療を受ける暇がなかったのよ」

「悪いの?」

「この際だからハッキリ言うわね。おそらくはもうそんなに長くないと思う」

「……うそ、だろ」

 笑顔でそんなことを言う母親に、純正は初めて暴言を吐いた。「ふざけるな、勝手に死ぬなんて馬鹿だ」と。それから純正は必死で治療法を探した。

「心拡大に伴う僧帽弁閉鎖不全を合併する場合、僧帽弁形成や置換術などの適応になり、これらの治療が無効な難治性心不全例では補助循環(LVAS)や心臓移植の適応となる――か」

純正が大学の図書室で医学書を広げていると同じ実習グループの深山晴紀が話しかけた。

「なにしてんの? 純正」

「いや、ちょっと調べもの」

 晴紀は純正の横の椅子を引いて座ると、どれどれと言わんばかりに覗き込んだ。