愛しい人

「へえ、膵臓癌ネ。まあ、治療効果は定かじゃないけど例の薬を試してみるのは悪くないんじゃない」

「それはちゃんと説明した」

「でも花屋さんは貧乏だから、諦めるしかないって? かわいそうだね。僕があしながおじさんにでもなってあげようかな。かつて俺の親父がそうしたように、困っている人間に恩を売るのも悪くないでしょ!」

「それで彼女が本当に救われると思うか?」

「それは僕次第かな。かわいいオモチャだからきっと壊れるまで遊んじゃうと思うけどね」

 へらへらと笑いながらそんなことを言う晴紀に純正は嫌悪感をあらわにする。鋭い目で晴紀を威嚇すると、さすがの晴紀も笑うのをやめた。

「おお怖。そんなに睨むことないだろう。お前が見放した患者を僕がどうしたって自由だろう」

「誰が見放すなんて言った! 絶対に手を出すな、これは俺の患者だからな」

「はいはい。必死過ぎて怖いよ、純正。それより、緊急オペが入るみたいなんだ。代わりに執刀してくれない?」

 手にしていた書類をひらりと投げ捨てると、晴紀は純正に背を向けた。

「じゃあ、よろしくね」

「……ああ。分かった」

 遠ざかる足音を聞きながら、純正は自分の過去を呪った。

かつて、母親を病から助けるために自分は悪魔に魂を売ったのだ。

その当時は神にも思えた心臓血管外科医である深山修司に。