愛しい人

 花名は運送会社を経営する父と母の間に生を受けた。家は裕福でなんの不自由もない幸せな暮らし。

しかし、花名が小学三年生の時に父親が他界した。

その後母親が後を継いだが、お嬢様育ちで人を疑うことを知らなかった母親は他人に騙されて会社を奪われてしまったのだった。

手元には借金だけが残り、返済のために思い出の家を手放した。

それでも完済には足りず、仕事を求めて東京に移り住んだ。

花名は身を粉にして働く母の背中をずっと見てきた。

決して恨みは口にせず、泣き言は言わず、常に笑顔を絶やさない。そんな母親の苦労を少しでも軽くしたかった花名は、高校生になると家計を支えるためにアルバイトを始めた。

 学業との両立は想像以上に大変で恋をする余裕はなかった。お洒落をしてデートを楽しむクラスメイトをうらやましいと思わなかったわけではない。しかし、生きていくだけで精いっぱいの自分にそんな資格はないとさえ思った。

色褪せた日常の中で、癒しをくれたのは都会の隅に咲いている草花。ひっそりと、けれど逞しく咲いている花に自分を重ねずにはいられなかった。

だから将来は花に携わる仕事をしようと心に決めていた。

大学進学はせず、就職を決めた花名に母は『ごめんね』といった。

大学にはいかずに働くといった娘を不憫に思ったのだろう。

『違うよ、お母さん。私はこの仕事がしたいの。だから、謝らないで。お願いよ』

花名は母親にそう言い続けた。今では頑張る花名を応援してくれている。

しかし、ようやく借金返済のめどがたったとたんに長年の過労がたたったのか、体調を崩し入退院を繰り返しているのだ。