愛しい人


 「いらっしゃいませ」

 花名が緊張気味に声をかけると、純正はふんわりと微笑んだ。

「こんにちは」

「ジャスミンの花束のご用意でよろしいでしょうか?」

 花名は先回りしてそう言った。この半年、純正は毎回同じ花のアレンジメントを注文する。

「ええ、はい。さすがに覚えられてますよね、お恥ずかしい」

 少し恐縮したように純正が言ったので、花名は慌てて否定する。

「そんなことありません! いつも当店をご利用いただいてありがとうございます」

「こちらこそ。いつもきれいな花束を作ってくれてありがとう」

 花名は思わず言葉を失った。この仕事についていて、一番うれしい言葉を憧れの人にかけてもらえたのだから当然だ。何度も脳内で再生され、思わず顔がにやけそうになる。

「ああそれから、今回からは茎を短めにしてもらえますか。買い替えた花瓶に入れるとバランスが悪くて、……ってどうかしましたか?」

 小首をかしげられ、花名はっとして我に返る。

「――あ、はい。かしこまりました。茎は短めに仕上げます。少々お待ちください」

 カウンターから出てフラワーキーパーを開けると、ジャスミンと白いトルコキキョウを数本ずつ取り出した。
それらの茎を注文通りに短めに水切りし作業台に置くと、一度長さを見せてからピンク色のシフォンのリボンと包装紙でコンパクトなブーケに仕上げた。

「出来上がりました。こんな感じでいかがですか?」

「綺麗ですね。どうもありがとう。いくらですか?」

「三千五百円になります」

 差し出された五千円を受け取りレジを開くと釣銭を取って純正の掌に載せた。

指先が触れるか触れないかの微妙な距離がもどかしい。

「いつも、ありがとうございます。またお持ちしています」

 純正を見送った花名は胸の奥に重だるさを感じて、ため息をひとつはいた。

けれど、なぜだかスッキリとしない。

これが恋だということに、花名は気づいてはいるけれど、いまいち確信が持てないでいた。

なぜわからないのか。それは彼女が恋をする余裕もなく十代を必死に生きてきたからだ。