その日の夕方、花名は希望の時間に早退することができた。
「それじゃあ、お先に失礼します。片づけは明日早く来てするので、そのままにしておいてください」
「わかったから、早くいっておいで」
残りの仕事を引き受けてくれた樹に感謝しつつ、母親の入院する病院へ向かった。
病院へ到着すると花名は面会の受付を済ませてエレベーターで五階病棟まで上がり、ナースステーションのカウンターから近くにいた看護師に話しかけた。
「すみません、大津先生はいらっしゃいますか?」
すると看護師は作業の手を止めると、訝しそうに花名をみつめた。
「……ええと、どのようなご用件でしょうか?」
「あの私、入院している小石川雅恵の娘です」
「ああ、小石川さんの」
「母のことでお話させていただきたいことがありまして」
「今日ですか? 先生からはなにも聞いてませんよ」
「先生が、十七時までならいつでもいいと言ってくれたので……、いけなかったですか?」
花名がそう言うと、看護師は中にいるスタッフに「大津先生みてない?」と声を掛ける。しかし何人かに「知らない」と言われてしまい、首から下げていたPHSでどこかに電話をかけ始めた。
花名はその様子をただ見ているだけしかできない。出来れば母に見つからないうちに大津に会いたかった。
けれど、何の連絡もせずに突然やってきたのだから待たされても仕方がないのだ。もし今日会うのが無理ならまた改めてアポをとることにしよう。
そう伝えようと思った時、看護師は電話を耳に当てたまま花名に近づいてきた。


