愛しい人



  無事治療を終えた雅恵の退院が決まった。

花名たちと暮らす選択はしなかったものの、徒歩数分距離にマンションを借りた。

「お義母さん、何かあったらすぐに連絡をしてくださいね」

「分かってますよ、先生。お心遣い感謝します」

「お母さん、無理しちゃだめだからね」

「はいはい。花ちゃんもありがとうね」

 雅恵のマンションを後にすると、純正と花名は車に乗ってとある場所へとやってきた。

「ご足労頂きありがとうございます」

 ホテルの一室で待っていたのは桂だった。

「お久しぶりです、桂さん」

 花名が会釈をすると、桂は彼女の足元に頭を付く。

「小石川さん。この度は弟がとんでもないことをしまして、申し訳ございませんでした」

「桂さん、辞めてください土下座なんて。桂さんはなにも悪くありません……」

 あの後、花名は佐倉園芸を退社した。

純正とも話し合い、樹に処罰を求めないことに決めた。

もし、訴えたとしたらあの日のことを大勢の人の前で話さなければならなくなるだろう。

それはどうしても避けたかった。

さらに佐倉園芸の事業にも影響が出ないとも限らない。

たくさんの従業員が職を失う可能性だってある。

ならば自分が口を噤めばいいと思った。