愛しい人



「行かせるかよ!」

 純正は樹の腕を掴んだ。

振りほどかれないようにしっかりと。ここで腕を離したら沢山の後悔を背負わなくてはならなくなりそうな、そんな予感がした。樹が叫ぶ。

「小石川さん、部屋に戻って! 来ちゃだめだよ」

「花名、早く出てこい!」

 廊下の奥から姿を見せたのは紛れもなく花名だった。

「……純正さん? 来て、くれたんですか」

おそらく樹のものであろう男物のシャツを着て、ズボンも靴下も履いていない。

樹の腕を握る手に思わず力がこもる。しかし沸き起こる怒りよりも花名の無事を確認できたことの喜びがほんの少しだけ勝った。

「花名! よかった、こっちへ来い! 一緒に帰ろう」

 純正の言葉に花名は顔を綻ばすが、次の瞬間には何かを思い出したように長いまつげを伏せた。