愛しい人

店を開けるとさっそく高そうなスーツを着た中年の女性客が入ってくる。彼女はこの店の常連客だ。

「いらっしゃいませ。お決まりになりましたらお声がけください」

 樹は極上の笑みで声をかける。するとその客は顔を綻ばせた。

「あらあなた、見ない顔ね」

「はい。今日は臨時なんです。いつもご来店いただいているんですか?」

「ええ。月に二度」

「それはどうもありがとうございます」

「今日はこのバラをいただこうかしら」

「こちらですね。どのようにないさいますか?」

「自宅のリビングに飾りたいの。五千円くらいでお願いね」

「かしこまりました。お作りするのに少々お時間いただきますが、店内でお待ちになりますか? お作りしてお待ちすることもできますよ」

 樹の接客は完璧だった。日曜日バイトの男の子は、この気遣いができない。「お作りするのでお待ちください」で終わってしまう。

花名はあまり五月蠅くならないよう、注意を繰り返したが、直そうとはしなかった。

「じゃあ、主人の受診が終わったらまた来るわね」

 女性客は支払いを済ませると店から出て行った。

となりの深山記念病院は年中無休の病院で、休日でも外来診療を行っている。

そのため、日曜日であっても普段通りに客がくる。午前中は外来受診の患者やその家族が自宅用の花を買いに来て、午後になると見舞客が来店する。土日は見舞客が多いので、稼ぎ時でもあった。