愛しい人



「ああ、急いでいるらしい。営業の松下さんが困ってたよ。今カバンから出すからとりあえず中に入れてくれない?」
 
「……どうして? やだよ、散らかってるし……」

「そうなんだ。……じゃあ、トイレくらいならいいだろ? 貸してよ」

「供用トイレが十五階にあるから」

「そこまで行けっていうのか? 僕を家に入れられない理由でもあるのかよ」

 桂の言葉に純正は慌てた。

疑われていると気付かれたら厄介だ。おそらく樹はこのやり取りを早急に終わらせようとしてくるだろう。

「理由なんて別にないさ。それより書類は? 早く出せよ」

 樹は桂を急かす。

桂はあるはずのない書類を必死で探すふりを続けている。

万策尽きたというとこだろう。桂は家に入ることを拒まれるとは思っていなかったのだから。

「……ごめん、ない。忘れてきたみたいだ……」

「なんだよそれ、じゃあもういいよな。松下には明日俺のところに持ってくるように言っといて」

 ドアが閉まる。その瞬間純正はドアノブを思い切り引いた。しかしドアストッパーがガシャンと音を立ててそれを阻む。

驚いた樹は半開きのドアから顔を出した。

そこに純正の姿を見つけたとたん、顔色を変えた。