愛しい人



「もちろん、いいですよ!」

 店員はカウンターの引き出しを開け、中から名刺の束を取り出した。

「ここにあったかな、マネージャーの名刺」

 店員が樹の名刺を探していると、店のドアが開いた。コツコツと靴音が近づいてくる。もしやと思い振り向くとそこには樹の姿があった。

「どうも、お久しぶりです」

 純正が声を掛けると樹はぴたりと足を止め、ぎこちなく笑った。

「ああ、どうも。いらっしゃいませ。ジャスミンのアレンジメントをご注文ですか?」

「いいえ、違います。今日は花名の事で来ました。分かりますよね?」

 花名の名前を出した途端、樹視線が泳いだのを純正は見逃さなかった。

やはり、何かあるのか。

「何のことでしょう? 彼女なら出張中ですよ。ああそうだ、今日は鉢植えが10%引きなんですが、いかがですか?」

樹はあくまでも店員と客のスタンスを崩さないつもりだろう。

だからと言って純正も負けるわけにはいかない。

「どこに出張しているんですか? いつ戻ります? 教えてもらえませんか」

「そんなこと、教えられませんよ。個人情報ですから。あなた彼女から連絡が来ないからって必死ですね。別れたいってことじゃないんですか? 察したらどうです?」

「……連絡?ならきてますよ?」

「なに言ってるんですか、そんな訳ないでしょう! 嘘なんてついて恥ずかしくないんですか……」

なぜこの男は花名が“連絡していない”と言い切れるのだろう。

つまりそれは花名が今、誰とも連絡が取れない状況にいるということを知っているからだ。