翌日。仕事がひと段落したところで純正は病院の隣にある佐倉園芸へ向かった。
店のカウンターには女性の店員がひとり。
「あの、すみません」
「はい、いらっしゃいませ」
「お仕事中申し訳ない。小石川さんてご存知ですか?」
純正が尋ねると女性店員は笑顔で「はい」と答える。
「花名ちゃんですよね。もちろん知ってますよ。ああでも、今は本社の方に異動になってしまって……何か御用ですか?」
「いえ、特に用はないんですが……そういえば樹さんは? 最近彼も見かけないなと思って」
花名が本社に異動になってからも純正は何度か店に来ていたが、樹の姿を見かけなくなっていた。
花名が店にいた頃はよく姿を見せていたのに。
「そうですね。マネージャーは最近忙しいみたいでたまにしか店に出ませんから」
「やっぱりそうなんですね、実は僕、彼と約束していたことがあったんですが、名刺なくしちゃって。連絡先って教えてもうことできますか?」
声が上ずったりはしていなかっただろうか。不安に駆られながらも必死で笑顔を作る。
誰かを騙すような嘘をついたのは初めてだった。
もちろん樹から名刺をもらったことなどなく、約束もしていない。
こんなでたらめをすらすらと言えた自分がほんの少し怖くなった。


