愛しい人

 
 朝食を食べ終えた頃、樹のスマホが鳴った。会話の内容から仕事の電話だろうと花名は思った。

案の定、樹は椅子から立ち上がると「少し出てくる」といい、リビングを出ていく。

花名は慌てて追いかけた。

「あの、樹さん。私は?」

「ごめん。仕事なんだ。急いでいかないと……適当にくつろいでいてくれていいから」

 樹は玄関で車のキーを掴むと出ていってしまった。

「……そんな」

ひとり置き去りにされた花名はリビングへ戻った。ソファーに置かれたままになっているバッグからスマホを取り出す。

さすがに一晩連絡がつかないままでは純正も心配するだろう。せめて着信だけでも残しておきたかった。

「お願い、ついて!」

 祈るようにボタンを押した。

けれど、電源が入る様子はない。あきらめて固定電話を探すが見つからなかった。

インターフォンの下にセキュリティー用の連絡ボタンはあるがこれを押したら騒ぎになるだろう。

「……樹さん、早く帰ってきてくれないかな」

窓から外を覗く。

遠くにレインボーブリッジが見えた。

あとは空と高層ビル。地面ははるか下にあり、自分がまるで世間から取り残されてしまったように感じる。