愛しい人

「純正さんに確かめます」

 花名はスマホを拾い上げる。画面には無数のひびが入ってしまっていた。

「うそ、どうしよう」

何度か電源ボタンを押してみるとどうにか起動させることができた。

通話履歴を開き、純正の名前をタップする。けれどいくら呼び出しても純正が電話に出ることはなかった。

「どうして、どうしてでてくれないの?」

「悪い男……」

 ああそうだ。深山晴紀も同じことを言っていた。花名はようやくあの言葉の意味を理解できた気がした。

「小石川さん、行こうか。送るよ」

 樹は花名にそう声をかけ、立ち上がらせる。エントランスを出て、ロータリーに停まっているタクシーに乗り込んだ。

「家、どこだっけ? それともうちに来る?ひとりでいるよりもいいと思うよ」

こんな時に上司である樹を頼るのは間違っている。

けれど、このまま一人で週末を過ごすことはできそうにない。

花名は静かに頷いた。それを見て樹は運転手に行き先を告げた。