「ジャスミンの花束。たまたま僕が依頼されて病院まで届けに行ったんだ。……送り先は女性だったよ。看護師さんたちが言ってたんだ。“茉莉花先生は結城先生にすごく大事にされててうらやましい”って」
「うそ」
ゴトッと手にしていたスマホが床に落下した。それと同時に涙があふれて花名の視界をにじませる。
「でもあの花束は、入院している知人に贈っているものだっていってたのに」
花名でさえ、恋人へのプレゼントではないかと疑っていた。けれど純正は違うと言ったのだ。
「なんとだって言えるさ。看護師さんたちは送り先の人のことを“茉莉花先生”って言ってたから、同僚の医者だろう」
「……茉莉花」
その名前に聞き覚えがあった。つい先ほど、病院からの電話を切ったあと純正は、まるで無意識につぶやくような声でそう言ってた。
「もしかしたらその女性に呼び出されたんじゃない?」
「いえ、病院からだって言っていました」
純正の言葉を信じたかった。それなのに樹は花名の心を揺さぶった。
「だから、そういうのはなんとでも言えるんだって。僕なら大切な恋人をひとりでこんなところに置き去りにしていかない。いくら緊急事態で呼び出されたとしてもだよ。ちゃんとタクシーに乗せて、君が家まで帰れるようにする。きっとあの人にとって、その女性がよほど大事なんだろうね」
樹の言葉は最もだった。
もし、純正が帰りのタクシー乗せてくれていたら置いてきぼりにされたような虚しさは味わうことはなかっただろう。
しかしあの時の純正はそんなことすら気が回らないほど慌てていた。
そう、何かがおかしかったのだ。
まるで冷静さを欠いていて、いつもの純正ではなかった。目の前にいる花名のことよりも、”茉莉花”のことの方が大切なのだ。
でも、本当にそれが真実なのだろうか。


