愛しい人

 車をコインパーキングに停め、純正をアパートへと招き入れる。

築35年の木造二階建てのこの部屋に誰かを連れてきたのは初めてだ。

「本当に狭い部屋でごめんなさい」

 こんなことになるなら自分が純正のマンションに泊まればよかったとほんの少しだけ後悔する。

「確かに小さいけどコンパクトでいいね。毎日忙しいのにとてもきれいにしてるんだ」

「ないもないだけです」

 最低限の家具と、店で売れ残ってしまった多肉植物の鉢をいくつか置いてあるだけだ。

「そんなことないさ。花名がどんな暮らしをしているのか興味があったから今日来れてよかった。お母様もここに住んでいるの?」

「いえ。母が元気だったときはもう少し広いアパートに住んでいたんですが、引っ越したんです」

 雅恵の病状が進み長らく入院するようになった時、家賃の負担も考慮して住み替えたのだった。

「いま、お茶入れますね。夜遅いので、ハーブティーでいいですか?」

「うん、ありがとう」

 玄関わきのキッチンに置いてあるケトルを手に取ると、お湯を沸かし始める。

ティーポットにカモミールのティーパックを二つ入れてティーカップをテーブルに並べた。

純正は床に座ってハーバリウムの小瓶をじっと見つめていた。

「これ綺麗だね。なんていうんだっけ?」

「ハーバリウムです」

 加工した花を詰めた瓶に特殊なオイルを流して作るもので、贈答品としても人気だ。

「ああそうだ。そんな名前だったね。店の商品? これなら見舞い用でもいいね」

「いえ、商品にするつもりで作った試作品です。でも、本社に異動になったので……」

「……でもいつか、また販売の仕事に戻ることもあるんだろ?」

「おそらくは」

 花名はあいまいな笑みを浮かべた。もし、店舗に戻れても病院前の店には配属されないだろう。

「戻ってほしいな。俺は花名が作る花束が好きだったからさ」

「……ありがとうございます。あ、お湯が沸いたみたい」

 花名は立ち上がり純正に背を向けた。