愛しい人

夕食を済ませ、片づけを終えると二十二時には純正のマンションを出る。

送っていくよと言われたけれど、大丈夫だからと言って断った。

花名は自宅アパートとは反対方向の電車に乗り、佐倉園芸の本社ビルへと向かう。

今日、樹に付いて管轄する店舗をすべて回った。立地によって、客層が全く異なり店舗の雰囲気や扱う商品が全然違っていた。

入社したての頃はあまり感じなかったその違いが、経験を積んだ今ならとてもよく分かった。

いつも社内報に載る有名店はとてもにぎわっていたし、売り上げの悪い店舗は、明らかな問題を抱えていたりそうでなかったりと改善していくのもなかなか難しそうだと感じた。

とにかく今日見た店の情報をまとめて明日から少しでも樹の役に立ちたかったのだ。

裏口に回り、防災センターで社員証を見せる。花名がどうしてもと懇願すると、警備員はしぶしぶ中へと入れてくれた。

「初日だからって定時で返してもらったのに勝手に会社に戻ってきたりして、あとで怒られたりするのかしら」

社内にはちらほら明かりがついていて、数名の社員がいたことにほっとした。花名は資料室から樹の担当するエリアの店舗一覧を持ってくると、昼間に貸与されたノートパソコンを開いた。