愛しい人

使用中の札をドアノブに下げると「どうぞ」と花名を部屋の中に入れる。

「そこの椅子に掛けてください」

「失礼します」

 花名は言われたとおりに椅子に腰を下ろした。嫌な予感がする。握りしめた拳には大量の汗が滲んでいる。

「あの、単刀直入に言います。お母様の御病気のことですが、あまりいい状態ではありません」

 花名は驚いた。しかし、どこか腑に落ちたような感覚もあった。あの母親の顔を見れば当然のことだった。

「それ、ほんとうなんですか? 母からは週明け退院できるって聞いていました」

「ああ、はい。退院の話はしました。しかし、その選択は治療を諦めるという前提での話です。今後のこともあるので、娘さんにもお話しなければならかったのですが、おそらくお母様はあなたに隠したくて嘘をついているのでしょう」

大津は花名に母親の病状を事細かに話し始めた。

病名は膵臓癌であり、手術は難しい状態であること。

今後は食事を通すためにバイパス施術などが必要になること。

延命は難しいかもしれないということ。

花名は震える手でメモを取りながら聞いていた。