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私には、大切な人がいる。


「……私、あの人苦手。」

「だから、どうして? 高宮さん、素敵じゃない!」

「……うーん。やっぱり苦手なんだよねー。高宮さんって、すっごい苦手」

「野瀬さん。おはよう」

「え?」

「ひっ!」


再び私が苦手だと強調した瞬間に名前を呼ばれた私は、声の方を振り向いた。

私と美紗子の背後から声を掛けてきた人物を見上げると、そこにはやわらかい笑みを浮かべた、まさに今話題に上がっていた彼がいた。

美紗子が息をのんで言葉を失っている様子を感じながら、私は何事もなかったように彼に笑顔を向ける。


「おはようございます。高宮さん。どうかされました?」

「お話中、ごめんな? この付箋がついてるところ、今日中に概要をまとめておいてもらえるかな」


目の前に差し出されたのは幅1センチほどある英文で書かれた薬剤に関する論文資料。

差し出された資料を私は丁寧に両手で受け取り、頷く。


「わかりました。まとめておきますね」

「ありがとう。助かるよ」


湊真が私に笑いかけた瞬間、美紗子が私の手を指差した。