「うん。ありがと」


黒い気持ちが湧き上がる中に入り込んできた湊真の声に目線を上げると、やわらかい笑顔が目の前に浮かんでいた。

……違う。そうじゃない。

湊真に好きだって言われて、気持ちをぶつけるように抱かれて、やさしい笑顔を向けられて、私、調子に乗ってた。

こんな風になったからって、本当は何も解決なんかしてないのに。

湊真が結婚してるっていう事実は変わらないし、湊真は変わらず指輪をしたまま。

この笑顔は私のものじゃない。今も、他の人のものなんだ。

奥さんがそばにいなくて、たまたま近くにいる元カノの私なら、そういう相手にちょうど良かったってことなんだ……。

湊真にとっては、ただの火遊び。

その時、ようやく事の大きさに気付いて、血の気が引いた。

じゃあ、私がしてることって……。


「なぁ」

「え?」

「今資料室にいたんだよな? 他に誰かいた?」

「いや、いなかったと……」

「そっか」


私の答えに湊真は辺りを見渡し、「よし」と溢す。


「じゃあ、頑張れるおまじないちょうだい」

「え……、ひゃっ」


湊真に手を引かれ、私はさっきまでいた資料室に引きずりこまれた。

扉の閉まる音がした後、私の体はやさしく扉に押し付けられ、湊真の影と笑みが落ちてくる。

次の瞬間、私の唇にやわらかいものが触れた。


「ん……っ」


すぐにリップ音をたてて離れた湊真の唇から、甘さをたっぷり含んだ声が漏れる。


「5分だけ、甘えさせて?」

「ちょ、待っ、んん」


食べられてしまうんじゃないかというキスに、すぐに体の力が抜けていく。

頭の中では拒否しなきゃと思うのに、体は言うことをきいてくれない。

湊真の胸を押し退けようとしていた手の力は、簡単に弱くなった。

ダメなのに、もっと欲しいと思ってる。

欲しいなんて思っちゃいけないのに……。

湊真の熱が気持ちよくて、離れられない。