私と美紗子の背後から声を掛けてきた人物を見上げると、そこにはやわらかい笑みを浮かべた、まさに今話題に上がっていた高宮さんがいた。

美紗子が息をのんで言葉を失っている様子を感じながら、私は何事もなかったように高宮さんに笑顔を向ける。


「おはようございます。高宮さん。どうかされました?」

「お話中、ごめんな? この付箋がついてるところ、今日中に概要をまとめておいてもらえるかな」


目の前に差し出されたのは幅1センチほどある英文で書かれた薬剤に関する論文資料。

差し出された資料を私は丁寧に両手で受け取り、頷く。


「わかりました。まとめておきますね」

「ありがとう。助かるよ」


一切悪意のない爽やかな笑顔を私に向けた後に踵を返して去っていく彼の背中に、私は心の中で舌打ちをした。

まったく、あの人は。


「……い、今の聞かれてなかった、よねっ?」


私と高宮さんの後姿を見比べながら、美紗子が私にしがみつくように二の腕を掴んでくる。

慌てている美紗子に目線を戻し、私はいたって冷静に、笑みを浮かべたまま首を右に傾げた。


「さぁ? でももし聞いてたとしても、怒ったり恨んだりするような人じゃないんだよね? それなら大丈夫でしょ?」

「そ、そうだよね……。聞かれてないことに越したことはないけど、高宮さんで良かったぁ」


胸を撫で下ろした美紗子は、「もし阪野(さかの)リーダーだったら、タダじゃ済まないもん」と、ちょうどオフィスに入って来た阪野リーダーに目線を移しながらこっそり耳打ちをしてくる。

まぁ確かに阪野リーダーに聞かれていたら、間違いなく雷が落ちていただろう。

でも、坂野リーダーはあまり関わりたくない相手だとは言え、喜怒哀楽がわかりやすいから、変な苦手意識は持っていない。

それに比べ、あの人は心の中では何を考えているのか全く掴めないから、やっぱり苦手だ。

彼の心の中がどうなっているのかを考えたってどうせ無駄だと、すぐに彼のことは頭の隅に追いやり、美紗子に向かって「そうだね」と頷いた。