私は彼のことが苦手です。

 


目の前に置かれているのはすき焼き用の国産和牛。そして、白ねぎ、白菜、にんじん、春菊、えのき、しいたけ、焼き豆腐。

冷蔵庫から取り出した和牛を常温に戻している間に、お米を炊き、野菜を切っていく。

割り下は父親から受け継いだ実家特製のレシピ通りに調合。

熱した鍋に牛脂を引いて肉とねぎを焼いたら、他の具材と割り下を入れて、少し味が馴染むまで煮れば、簡単すき焼きの完成だ。


今私がいるのは、湊真の部屋。

勉強会からマンションに帰ってきて、送ってもらったことを湊真に丁重にお礼を言って車を降りようとした時、「いい肉をもらってひとりじゃ食べきれないから、部屋に来い」と湊真に引き止められた。

最初は丁重にお断りしていたんだけど押し切られてしまい、何故かふたりで足りない食材の買い物に行ってまで、湊真の部屋で料理を作ることになってしまったのだ。

作っている間ずっと、湊真が近くから見てこようとするから追い払っていたけど、逆に湊真が楽しそうに話しかけてくるから、途中から諦め、料理に没頭した。

そして、できあがったのが、目の前にある料理たちだ。


「へぇ。料理できるようになったんだな。前に作ってもらった時は散々だったけど」

「……あれから何年経ったと思ってるんですか」

「8年」

「それだけ経てば、私だって大人になります」

「ふーん」


というか、やっぱり散々だと思われていたのか……。

湊真と付き合っていた時、一度だけ湊真の部屋で料理をしたことがあった。

でもその時は料理なんてほとんどしたことがなかったし、散々な結果に終わってしまったんだ。

それでも湊真はおいしいと食べてくれて、そのやさしさに私は心を打たれてしまって。

次こそはおいしい料理を作って、湊真に食べてもらいたいと心から思った。

大学受験が終わってからは湊真のために一生懸命料理の練習をしたけれど、結局、湊真に料理を作る日は来ないまま別れてしまった。

なのに、まさか、湊真に料理を作る日が来るなんて。