翔君が学校へ来なくなって、四日目。
私は気になって、先生に家の場所を聞いて、放課後に翔君の家に行った。

そこで見たのは、全く予想していなかった事だった。
お葬式?
看板のようなものには、”柳沢 皐月”と書いてあった。
え?もしかして…、翔君の……。
「…美桜ちゃん?」
後ろから声をかけられて、私は振り向いた。
そこには、未桜ちゃんの姿があった。
「ねぇ、未桜ちゃん…これって…どう言うことなの?何が起きてるの?」
私は未桜ちゃんの肩を掴んで言った。
未桜ちゃんはゆっくり口を開く。
「翔の…お母さんが…交通事故で亡くなって……出血がひどくて、間に合わなくて…翔、たぶん…自分を責めてる…」
そんなのわかってる。
翔君は、きっと、気付いてやれなかったとか、もっと自分がしっかりしていたらとか、思ってるんだよ。
そんなの見なくても、わかるよ。
翔君、優しいから。
優しいからこそ、自分を責めてる。

私は急いで家の中に入り、翔君を探した。

翔君は翔君の部屋と思われるところにいた。
「…翔君?」
返事がない。
翔君の側に、紙が落ちていた。
私はそれを読んだ。
そこには、
《 翔へ
翔、ごめんね
翔には、いっぱい謝ることがあるの。
お父さんと、離婚してごめんね。
お父さんはよく手をあげる人で、翔と和也だけは傷付けられたくなかった。
だから、愛していたけど離婚した。
離婚してから気付いたんだけど、お母さんは翔にたくさんのものを背負わせてしまったね。
ごめんなさい。
翔は隠していたから、なかなか聞けなかったけど、お父さんから 翔の彼女が、お父さんの愛人だった人の子だったそうだね。
お父さんに愛人がいたのは気付いてた。
だけど、別れたくなくて気付かない振りをしてた。
翔が”好き”って気持ちをわかってくれたのは、嬉しかったよ。
お父さんを殴った事は、お母さん、泣いちゃったよ。
翔、あなたは優しいから、きっと、真実を知ってほしかったんだよね?
その子は、それに気づかなかった。
翔には合わないよ。
あなたはあなたの気持ちを、しっかりわかる子の方が合うよ。
きっと翔の前に現れるから、そういう子と幸せになってほしい。

離婚してこっそり泣いてたの、翔に見られた事もあったね。
本当にごめんね。
離婚のせいで翔は荒れてしまった。
それに、目を背けて、お母さんは仕事ばかりだったね。
和也のことも、全部全部翔に任せてた。
辛かったよね?
ごめんね。
嫌われても仕方ない。
それなのに、翔はいつもお母さんのこと、考えてくれてたんだよね?
お父さんが翔に怒られて、自分のやった事の重さに気付いたって言ってたよ。
ありがとう。
お母さん いつも、勝手だったね。
お母さん、いつも翔の気持ち考えてなかった。
翔の事を傷付けてたのは、いつもいつもお母さんだった。
ごめんね。
もう、邪魔しないよ。
和也のこと、最後まで任せてごめんね。
お母さん、もう、限界なの。
仕事、クビになっちゃったの。
生命保険で、生活してね。
ごめんね。
もう、お母さんは生きたくないの。
生きたくても、あなたたちを抱えて生きるのは、金銭面で限界なの。
翔、バイト代、全部家に入れてくれてありがとう。
最後までごめんね。
お母さんのせいでごめんね。

バイバイ 》


私は読み終わると、泣いてしまった。
翔君のお母さん、自殺だったんだね。
私…なんでもっと早く来なかったんだろう…。
翔君の悲しみを、分かち合えたかもしれないのに…、なんでだろう…。
もっと早くなんで来なかったんだろう。
「翔君…ごめんね…もっと早く来ていたら…」
翔君は、私に気付いていない。
翔君の顔は、涙でグチャグチャだった。
私は、もっと涙が出てきた。
翔君が立ち上がった。
「え⁉どこ行くの?」
何も答えない。
翔君は走った。
大通りに出ると、車が来た。
翔君はその車の前にソッと出た。
翔君、死ぬ気だ!
「翔君!」
どんなに声を出しても、翔君には届かない。
私は翔君を勢いよく、後ろに引っ張っろうとした。
すると、翔君は急に後ろに下がった。
「翔君!」
翔君は泣いている。
「俺、俺…」
「ちゃんと、聞いてるから…ゆっくりでいいから…話して?」
私は翔君を抱き締める。
翔君の震えが止まった。
「俺、死のうと思った…母さんに、母さんのせいじゃないって、俺のせいだって、謝らなきゃって…けど、出来なかった。…死ぬのが怖くなったんだ…」
翔君は私にちゃんと話してくれている。
私は翔君がいなくなったら、悲しいよ?
「死んだら、美桜との思い出…あんまり無かったけど、お前といたら、俺、なんか安らぐんだよ……美桜との思い出、消えるんだって、お前の中から俺が消えるんだって思ったら…もし明日もお前と、笑っていられるんだったら…俺…まだ死にたくないって思った…」
翔君…。
「私…、私の中から翔君がいなくなったら、すごく悲しい…!だから、一緒に生きよう?」
翔君が微笑む。
「…美桜、ありがとう…俺…未桜のこと、やっぱ、好きじゃねーよ。もうちゃんと、忘れられてる。」
未桜ちゃんのこと、もう好きじゃないんだ…。
私は、喜んでしまった。
私、翔君の事、絶対諦めない。
「…好き」
私は気持ちを口に出してしまっていた。
翔君は、驚いている。
「い、今のは…!誤解って言うか…」
翔君の口が動く。
「へー誤解なのか、ふーん。…俺は好き…なのにな…」
翔君は、照れながら言う。
「私も…好きっ…!」
私は涙がさっきよりも、もっと溢れる。
「美桜…俺でいいの?だって、俺…バイトとかあるし…全然会えないかもじゃん? 」
私は首を横にふる。
「ううん!翔君がいいんだよ!私は翔君と笑っていられるんだったら、それでいいの!」
翔君が笑った。
「美桜、やっぱ、欲ねーな」
「そんなことないよ!本当の事なんだから…」
翔君が見つめる。
「バイトの量、少し減らすから…」
嬉しかった。
だけど、私なんかの為に、生活を切り詰めるようなことは、そんなことさせられない。
「そんなことしなくていいのに!今のままで充分だよ!」
「美桜ちゃん、そんな気にしなくても、いいんだよ?」
後ろには、未桜ちゃんと男の人が立っていた。
「未桜…親父……」
翔君のお父さん…。
翔君と、翔君のお母さん、翔君の弟の和也君を傷付けた、あのお父さん…。
私は、少し身構えた。
「翔…、離婚したときと、二年前は本当にすまなかった……」
翔君のお父さんが謝った。
私も翔君もびっくりしている。
「翔…、和也もお前も俺達と、一緒に暮らさないか?もちろん遺産目当てじゃない…やり直したいんだ…未桜に一緒に暮らせばいいって言われて、母さんもいいと言っている。だから…」
「俺はいい…俺はやり直せると思わない…俺は一人で、母さんとの思い出の家を守る」
翔君が言った。
「和也は…あいつが親父たちと暮らしたいんだったら、暮らせばいい、暮らしたくないんだったら、俺とあの家にいる」
未桜ちゃんが震える。
「…どうして?一緒に暮らそうって言ってるんだから、お父さんだって謝ったんだから、一緒に暮らせばいいでしょ?どうして、おんな古い家を守るとか言うのよ!」
あ、未桜ちゃんは翔君と、一緒に暮らしたいんだ。
きっと、まだ好きなんだ。
私は未桜ちゃんの前に行く。
「美桜ちゃんも言ってよ。あんな古い家になんの価値があるって言うのよ。価値なんか無いでしょう?ねぇ?美桜ちゃん」
パチンッ。
私は未桜ちゃんの頬を叩いた。
「…はぁ?何なの?暴力⁉お父さん!美桜ちゃんが私を叩いたのに、なんで黙ってるの!謝らせてよ!」
未桜ちゃんって、本当はこんな性格なんだ。
”翔には合わない” 翔君のお母さん、あなたは正しかったですよ。
「未桜ちゃん、私ね、翔君と付き合うことになったよ」
「だから?そんなのすぐ別れるに決まってるでしょ?だって、翔は私がいないと何も出来ないんだから!翔には私が必要なのよ!」
これじゃ、ただのいたい人じゃん。
翔君は未桜ちゃんより、お母さんの方が必要なのに…わかってない。
「…あなたに向けた、翔君の優しさがもったいない… 第一、翔君を突き放したのは未桜ちゃんでしょ?また、翔君を苦しめるの?」
「私が苦しめる?意味わかんない!翔は、自分から離れていったのよ!」
「そうだね…確かに離れていったよ…だけど、それは未桜ちゃんの為なんだよ!」
翔君が私を見つめる。
止めようとしているけど、翔君は私の目を見て止めた。
信じてくれてるんだ。
私なら、未桜ちゃんを正気に戻せるって。
「未桜ちゃん、あなたは『家族を壊さないで』って言ったんでしょ?でもね、翔君からしたら、あなたのお母さんに家族を壊されたんだよ」
私はわざと未桜ちゃんを苦しめることを言う。
「あなたさえいなければ、翔君のお母さんも死ななかったかもしれないのに…」
翔君も翔君のお父さんも黙って聞いている。
「それに、あなたは翔君と血が繋がってるから、結婚とか出来ないじゃん。なのに、なんでまだ翔君の事、好きなの?」
未桜ちゃんが一滴の涙を流す。
「…仕方ないじゃん!全部全部お父さんのせいでしょ?お父さんが浮気しなければ、こんなことにならなかったんだよ!」
やっぱり、未桜ちゃんは翔君に合わない。
「翔君の優しさに気付かないの?翔君はあなたに真実を知ってもらいたかった。お母さんと同じ目に、あってほしくなかったんだよ?気付かないの?」
翔君は弱くない。
優しさの奥に強さを秘めている。
「翔君はね”俺はお前の幸せを願っていたのに、今のお前は俺が好きだった未桜じゃない”って思ってると思うの」
「”好きだった”って過去形じゃん…」
未桜ちゃんが泣き崩れた。
「未桜ちゃん、翔君はあなたが、思っているほど弱くない…強くなっているんだよ」
未桜ちゃんは笑った。
「美桜ちゃんに、敵う気しないや…もういいよ、翔のことそんな好きじゃないし……って嘘は通じないか…」
翔君がついに口を開く。
「未桜、俺の言葉が足らずに苦しめてごめん。ありがとう。……バイバイ」
「翔、好きになってくれてありがとう。バイバイ」
二人は笑って、私と翔君は家に戻った。

翔君のお母さん、私が翔君を幸せにします。いや、してみせますよ。
安心して見守ってください。
…一度だけ、話してみたかったな。
風が吹く。

私は翔君のお母さんが思う”翔に合う子”になれるかな。
未桜ちゃん、今日はごめんね。
翔君のお母さん、私 翔君の気持ちのわかる人になります。

吹く風が、大気が、私たちを祝福しているように感じる、『ありがとう。幸せにしてあげて』って言っている気がした。