今日、翔君が未桜ちゃんとの、過去を話してくれる。
私はいつもより早く学校に着いた。
翔君はもういた。
私を見ると、私の腕を引っ張り
「今日、授業サボるぞ…」
そう言って、屋上へ連れていかれた。

まさかこんな早く聞けるなんて…。
昼休みでよかったのに…。
翔君は私を見ながら、
「昨日は悪かった…ごめん」
一瞬びっくりしてしまったけど、私は急いで
「ううん!全然大丈夫だよ!」
翔君は、細く微笑む。
とても、辛そうに…悲しそうに…。
目を離せば、どこかに消えてしまいそうな彼は、見ていられないほど辛そうで…。
そんな顔してほしくないのに…。
どこにも行かないで…。
消えないで…。
「未桜との事…聞きたいんだろ?」
更に辛そう話す。
ズキッ
私が翔君を悲しめてるの?
「お前にならいいよ」
え?私にならって…。
少しだけ私の気持ちが和らいだ。
「お前になら話してもいい」
「…ありがとう。でも、辛いなら……」
私の言葉を遮って、翔君が話す。
「いや、お前には話しておきたい…お前は…美桜は……」
翔君の口が止まる。
口を押さえている。
何してるんだろ?
大丈夫かな?
「私は……何?」
「いや、なんでも…ない」
翔君の表情はさっきよりも、穏やかになっている。
よかった…。
翔君はゆっくりと口を開く。














あれは、三年前の中一の時。

両親が離婚した。
もっと早くすればよかったのに。
そう思っていたのは、俺だけの秘密…。

親父は、ろくに家に帰ってこず、借金を大量につくり、帰って来ては母さんに暴力ばかり…。
家に帰って来ないのは浮気していたから。
それに、俺と同い年の子供がいることも、俺は知っている。
はっきり言って、最低なヤツだった。
あんなのが親父なんて、恥ずかしい!

母さんは、暴力をふるわれても、泣いて謝るだけ…。何も悪いことはしてないのに。
俺と弟の和也を、必死に守ろうとしていた。

そんな優しい母さんを、苦しめ続けていたアイツを、母さんは今でも”愛している”と言った。
恋愛ってなんだよ。
好き?愛している?
訳がわからない。
母さんは、それのせいで、苦しめ続けられたんだ。
ろくなもんじゃない。

俺だけはしっかりしなきゃ。
母さんも和也も…俺が守らなきゃ。

俺が…俺が……俺が…!

俺は決めた。
親父への、”怒り” ”憎しみ” を糧に生きる事を。


二年生になった。
誰も俺に話しかけない。
そりゃそうだろうな…。
俺が関わろうとしないんだから…。

すると、横の席の女子がはなしかけてきた。
「ねぇ、名前は?」
それが未桜だった。
無視していたが、しつこかったので、言葉を返すようになった。
そうすると、未桜は喜ぶんだ。
…可愛いな。
そう思えたのは、未桜が初めてだ。
恋愛がどういうものかが、わかってきた。
ろくなもんじゃなかったな…。
恋愛は人をおかしくする。
俺は、親父への感情を忘れかけていく。
もうどうでもいいそう思えたから…。
未桜は俺の、特別な存在になっていく。


「私、か、翔のこと、好きなの!」
告白してきたのは、未桜の方だった。
「俺、彼氏っぽいこと出来ないけど?」
俺の精一杯の照れ隠し。
「ううん!一緒にいれるだけでいいの‼」
未桜は顔を真っ赤にして言う。
可愛い。
誰にも取られたくない…。
俺たちは付き合うことになった。

数日たったある日。
未桜が
「翔のこと、親に言ったら、連れてきてって言われたの…だから、今日、う、うち来ない?」
照れながら言う未桜は、やっぱり可愛かった。
でも、俺、しっかり出来んのか?
不安が募る。
「ダメ…だよね?」
上目使いで、そんなこと言われたら断れない。
俺は渋々OKした。

きれいなレンガ造りの家に行くと、未桜の部屋に入った。
いかにも、女子って感じの部屋。
「親、まだだし…、お茶とってくるね!」
俺はとりあえず座った。
ソワソワしている。
女子のそれも、彼女の部屋にいるのは初めてだったから。
未桜の部屋を見ている。
ピンク多いな。
好きなのか…。
誕生日プレゼントは、ピンクのかな。
そんなことを考えていると、部屋に誰かが入ってきた。

未桜…………じゃない⁉
目に入ってきたのは、親父⁉

「未桜!彼氏って……⁉」
親父も俺も、驚いている。
忘れかけていた、”怒り” ”憎しみ” が沸々とわいてくる…。
「なんで、お前が…‼ もしかして、お前が彼氏…だと⁉」
「親父…!なんで、ここにいんだよ⁉ ここは未桜の家なのに!」

部屋のドアが開いた。
未桜が戻ってきた。
「お父さん⁉もう帰ってきてたの? …二人とも、何かあった?」
未桜が俺たちの異変に気付く。
「未桜!コイツが彼氏なのか⁉ 俺は許さない!今すぐ別れろ‼」
「は⁉お前なんかには、言われたくないな!また不幸な家族をつくってんのかよ?親父!」
今のは言い過ぎた…。
でも、頭に血がのぼって、よくわからない。
「お父さん?…親父ってどういうこと?」
未桜が震える。
大きな目に、大粒の涙を浮かべて。
「ねぇ、どういうこと?…答えてよ!ねえ!」
何も答えない。
認めたも、同然じゃないか。

「うるさい…」
親父は小さく呟いた。
「うるさいって言ってんだろ⁉黙れ‼」

あ、まただ。
母さんの時と同じ。
親父が腕を振り上げた。
まただ。
忘れかけていた、記憶がよみがえった。
視界のすべてがゆっくりに見える。
「やめろ!」
叫んでも届かない。
鈍い音がした。
親父が未桜殴った音。
未桜は驚きを隠せないようだ。

今までよりも大きい感情が溢れてくる。
”怒り”でもなく、”憎しみ”でもない何かが。
理性が吹っ飛んだ。
気が付けば、親父の胸ぐらを掴んでいた。

「お前!今、未桜を殴った‼また、母さんと同じ苦しみを娘に、あわせんのかよ!」
「翔…やめて…」
未桜が何か言っている。
うっすらとしか聞こえない。
もう止められないんだ…。

俺は親父を殴った。
あ…、俺は…親父と同じ…事を…!
未桜の大粒の涙はずっと止まらない。
俺はこの感情を止められない。
誰か…止めてくれ…!
もう俺に理性なんてない。
「お前のせいで!母さんは!お前の借金のために、ずっと働いてんだよ!和也だって、我慢してんだよ!全部…全部っ、お前のせいで!…母さんは、まだお前なんかを”愛してる”って!」
止められない。
俺は親父を怒鳴る。
これじゃ俺は親父と変わらない…!
俺は……コイツの…子……。
「母さんの優しさに漬け込みやがって!最低だ!お前は‼14年以上浮気し続けて…!お前なんか…!お前なんかっ!」
未桜が大声を出した。
「もうっ、やめてよっ!翔‼」

ドアが開いた。
未桜の母さん…。
「何…やってるの?外まで聞こえてたわよ⁉あなた、未桜の彼氏?」
未桜の母さんは、驚いている。
こんなの見たら、誰だってそうなるよな…。
未桜が口を開く。
「もう、私たちの前から…消えて…」
未桜…そうだよな…こんなやつと、一緒にいたくないよな?
早く出てけよ。親父。
「翔!出ていって!」
俺に衝撃が走った。
なんで、俺なんだよ…未桜!
未桜だけは俺の味方だったはずだろ?

…信じた俺がバカだった。
そうなのかよ、未桜!
未桜!なんか、言ってくれよ…!
俺は声に出せなかった。
「もう、私たち家族を壊さないで…」
家族を壊したのは、親父だろ?
声に出さなきゃ…。
「そうかよ…こんなヤツといて、どうなっても知らないから…」
声が出た。
もうこれで、未桜は俺に近付かないだろう。
近付いたら、親父の事を思い出してしまうから、もういたくない…。
「…二度と話しかけんな…!」
そう言って俺は未桜の家から出た。
俺が悪者でいい。
幸せになってほしいんだ。
わかってくれよ。
これでいいんだ…。

次の日、未桜が話しかけてきた。
「昨日はごめんね…謝っても何にもならないんだけど…お父さんから全部聞いたよ。別居することにした。」
未桜がクラスの奴らの、目を気にせず話す。
「だから、私…翔と…仲直り…したい」
俺は無視する。
「ねぇ、翔!もう一度やり直そう?」
俺は机を叩く。
未桜が肩を揺らした。
「やり直す?バカじゃねーの?別居したからなんだ?」
「それは…!」
「それに、二度と話しかけんなって言ったよな?俺はあんたとやり直すつもりは、さらさらない!」
俺は嘘をつき続けた。
嘘だから。
俺は別居してほしい訳じゃない。
幸せならそれでよかったんだよ。
あんなの知ったら、無理だろうけど…。
未桜の目から、また大粒の涙を流す。
泣くなよ。
拭いてやれないのに…。
「泣いてもムダだ!俺は別にお前の事、好きでもなんでもないから!暇潰しに決まってんだろ?バカか?」
クラスの奴らのからヤジが飛ぶ。
「最低!」
「未桜に謝れ!」
「クズだな!」
何も知らないくせに…。
お前は味方がいるだろうけど、俺には未桜だけだったんだ。
裏切れたんだよっ!

それから、未桜と話すことはなかった。
高校も別々で、会うこともないだろう。

バイバイ。
幸せになってくれよ。








話終わった翔君の瞳には、少し潤んでいた。
私も涙がこぼれ落ちる。
「翔君……辛かった…よね?…ごめんね、話させて…」
「…いいよ……俺は未桜の事、もう好きじゃない…ただ、恋を教えてくれたのは、感謝してる…それだけだから…」
あ、まだ好きなんだ…。
昨日だって、好きだから、あんな顔してたんでしょ?
私…失恋するのかな…。
私は何も言えなかった。
初恋だもん。
失恋…したくないよ…。

ごめんね翔君…。
私は、大粒の涙を流す。
「…泣くなよ…本当に未桜に似てるんだよな…、美桜は…」
翔君は涙を拭ってくれる。
似てても、私は別人だよ?
私は美桜だよ?
未桜ちゃんじゃない!
名前も顔も似てるけど…別人なの…!

辛かった事、思い出させてごめんね。
今も、辛いでしょ?
私、自分の事しか考えてないよ。

でもね、私未桜ちゃんよりも、幸せにしてあげる自信があるよ?

「…私じゃ…ダメ?」

翔君がびっくりしている。
え!声に出してた⁉嘘‼
「や、あの、違うの…!」
翔君は微笑む。
「わかってるって…慰めてくれてるんだろ?」
違う!私の本心だよ…?
「違うのに……」
私は翔君に聞こえないように、そう呟いた。

私の想いはまだ伝えられない。
未桜ちゃんの事、もう忘れて?
私の事、考えてくれる?

ズキン ズキン
胸が痛む。
ごめん、自分勝手で…。

今度、ちゃんと伝えよう。
私の言葉で、伝えよう。