柳沢君と仲良くなることが出来た。
呼び方も『翔君』と呼ぶようになった。
朝も少し話すようになった。

私、進歩したなー♪
もしかしたら、人見知り治った?

「矢野ー 数学の課題プリント、提出して」
急に話しかけられ、体がビクッとした。
「…は、はい」
…治ってなかった。

どうしても、緊張しちゃうんだよね。
でも、翔君は大丈夫だったんだよなぁ。ちょっと違う緊張はするけど。
やっぱり、一目惚れ…してたからかな?

「ぉう… 美桜!」
「え⁉あ、由香!」
「もう!また柳沢君のこと、考えてたでしょ」
「ち、違うから!」
「顔赤いから‼バレバレ!」
うぅー、由香にはなんでもバレちゃうな。
そんなわかりやすいかな?
「すっごいわかりやすい」
考えること、またバレた…。何で?
顔に出てる?

すると、横の席で寝ていた翔君が起きた。
「あ、翔君 おはよう!起こしちゃった?」
「ん、いや、特にうるさいわけじゃない…」
寝ぼけている翔君、可愛い…。
子供みたい。
「子供じゃないから。寝起き悪いだけ…」
「えぇ⁉声出てた⁉」
「美桜… だから、顔に出てるんだってば!」
「ほんと、わかりやすいな、あんた」
翔君、あんたって言ったなぁ。
私はすねる。
「…はいはい、美桜だろ?」
ちゃんと、呼んでくれた。
翔君はそれだけで、私を喜ばせる。
「美桜、目ぇ輝きすぎ!」
「由香、本当に?嘘だぁー」
「いや、めっちゃキラキラしてる」
翔君言われ、一気に恥ずかしくなる。
「今日バイト、行かないの?もう時間じゃ…」
私はこっそり、翔君に耳打ちする。
特に『バイト』はものすごく小さな声で。

「今日は休み」
「そうなんだ!じゃあ今日は、ゆっくり出来るんだね!」

そう、翔君は母子家庭でこっそりバイトしている。学校には、言ってあるらしい。
私はその秘密を唯一知っている。
誰にも言わない代わりに、友達になってもらった。翔君には欲がないって言われたけど、それだけで充分幸せ。
何より、二人だけの秘密って言うのが、すごく嬉しいかった。

「美桜!こないだ言ってたお店、今日行ってみない?」
「あの、漫画や雑誌が、たくさんあるってとこ?」
「そう!そこ‼」
「行きたい‼ …翔君も一緒に行かない?」
そのカフェは、オシャレで男女どちらも満足できるというお店。
だから、翔君も来てくれるという、淡い希望を持って聞いてみた。
「え、俺も⁉」
「うん!ダメかな?ねぇ、由香は?」
「私も一緒に行ってみたいかな。 話してみたかったし」
「翔君、どう…かな?」
翔君は少し考えたあと
「仕方ないなー いいよ 行こう」
微笑みながら、そう言ってくれた。

やったー!今日は、いっぱい話せそう!
由香、ありがとー!ナイスアシスト‼

目でそう伝えると、由香はウインクをしてニコッと笑った。

お店に着くまで、私たちの中学校生活について話したり、翔君の過去について、少し聞けたりした。

「すっごいきれいなお店ー!」
「美桜、はしゃぎすぎ!」
「はは。やっぱりわかりやすいな」
ディスられてちょっと怒りたくなったけど、翔君が楽しそうに笑っているから、私も楽しくなった。

こんな時間がずっと続けばいいのにな…。

そんな願いは、かなわなかった。
翔君の顔が、強ばった。
いつもと一緒で、無表情だけどなんだか、つらそうな表情。
翔君の黒くきれいな瞳が揺れる。

そして、翔君が口を開いた。
「………み、みおう?」
「え、私?私がどうかした?」
自分の名前を呼ばれたと思い、翔君に話しかける。
翔君は何も言わず、一点を見つめてる。
とてもつらそうに。悲しそうに。
その視線の先には、女の子がいた。
その女の子は、胸下まである茶髪のウェーブの髪に、ぱっちりとした目、お嬢様学校の制服を着ている。
なんだか、あの人…
「なんか、美桜に似てる…かも」
由香と考えてることが、一緒だ。
さすが親友。

「未桜…なんでここに?」
翔君がプルプルと、震えながら言った。
「…翔君…!」
未桜という女の子が、大きな目に涙ためながら、こちらへ向かってくる。
名前、一緒なんだ。

「あ、お友達かな?」
未桜が、髪を揺らしながら、翔君に話しかけている。
でも、翔君は口を閉ざしたまま…。
「初めまして。私、内田 未桜です。」
澄んだきれいな声で、照れながら挨拶している彼女を見て、翔君がか細い声で、
「……やめろ…」
未桜はそれを聞こえていないのか、気にせず続ける。
「…どうも、……由香です」
由香が言った。
苗字は?と言おうとしたがやめた。
由香は、警戒している人に苗字を言わない癖がある。それは、自分がどんな人間か知られないようにと言っているのを、思い出したから。

由香は強いな。
私なんて、さっきから怖くて怖くてたまらないのに…。

未桜ちゃんが来てから、翔君本当に苦しそう。
由香の挨拶も終わっていたので、私も急いで挨拶した。
「あ、私、矢野 美桜です」
未桜ちゃんは、少し驚いて
「本当?同じ名前だね!漢字は?どんな字書くの?」
「えっと、美しいに桜って書くよ」
今度は、少し悲しそうに
「そっかぁー。私、未来の未に桜って書くから、字 違うね…」
表情豊かだな。なんか、可愛い子だぁ。
目が離せない感じかな。

やっと、翔君が口を開いて
「やめろって言ってんだろ!」
翔君の怒ったのを初めて見て、私と由香は少し固まってしまった。
「ご、ごめんね。もう帰るから…」
固まってしまった私たちを、気にもとめず未桜ちゃんが謝っている。
ハッとした翔君は
「…いい。俺が帰るから」
翔君はこの場を後にした。

もう行っちゃった…。
どうしたんだろ?
もし、未桜ちゃんが……………

「ごめんね…。私がいたせいで、翔が不機嫌になっちゃって…。私がいなかったら…」
未桜ちゃんが、自分をどんどん責める。
私は自分が考えてしまったことを、後悔している。

もし、未桜ちゃんが現れなければ、翔君は今頃楽しんでいたのかもしれない。

そんな事を考えてしまうなんて…、私ひどいやつだ。
ごめんね、未桜ちゃん。
本当にごめんね。

「それじゃ、私もう行くね…」
未桜ちゃんが、帰ってしまった。
「あ……」
私は止めることが出来なかった。
「私たちも今日は帰ろう…」
「そうだね… 今日は、気分が乗らないし」
「明日、柳沢君と話してみなよ…」
そう言って、私たちは別れた。

一応、メールしておいたほうがいいよね。
そう思い、私はメール打った。

まさか、初メールがこんなのになるなんて…

《翔君
美桜です。今日はなんか、ごめんね。
明日、話聞かせてくれないかな?
嫌ならいいんだけど

それと、辛いならもう、美桜って呼ばなくて
もいいよ。
ごめんね。 》

そう打って送った。

すると、すぐに翔君からメールが来た。

《美桜

なんで美桜が謝ってるんだよ。
明日、ちゃんと話す。

気にするな。未桜って呼ぶから。》

翔君、話してくれるんだ。
心許してるって事だよね?…嬉しい。
メール返さなきゃ。

《翔君

ありがとう。無理しないでね?》

明日、しっかり話せるように、もう寝ようと思い、私は早く家に帰り、お風呂に入り、寝た。

翔君、辛いなら私のも辛いの分けて?
私はあなたの力になりたい。
辛いこと悲しいこと、全部分けあえるような関係になりたい…。
彼女になりたいんだよ。

私の名前呼ぶの、辛かったよね?
何があったのか知らないけど、きっと未桜ちゃんと何かあったんだよね?
明日、全部聞かせて…。
しつこくしちゃうかもしれない。
嫌いになってくれても構わない。

私はあなたのこと全部受け止めたい。
ただそれだけなんだから。


その日の夜、私の夢の中には、楽しそうに笑う翔君とその横で笑う私が出てきた。
ずっと翔君とこのままでいることは、出来ないのかな…。