入学式から数日。
まだ新しい制服は、体に馴染まない。
桜はどんどん散って、半分くらいしか花は残っていなかった。
新入生テストも無事終わり、気分はスッキリしているはずなんだけど…、ずっと柳沢君のことが気になる。
友達は少しできたけど、柳沢君とは話せないまま。
柳沢君は授業中もずっと寝ていて、先生も怒らない。他の人だったら怒るのに…どうしてだろう。
…ちょっと特別扱いし過ぎじゃない?柳沢君、反感買っちゃうよ。
考えてもやっぱりわからなかった。
ボーッとしていると、後ろから由香が
「ねぇ!そんなに柳沢君のこと気になるの?」
「え⁉もう、違うってば!」
「嘘ばっかり。美桜はわかりやすいんだから、すぐわかっちゃうよ!」
さすが親友…。お見通しだ。
でも、声が大きい。
「今日、放課後ファミレスでも行って、なんか食べながら話そ! ね?」
「わかったよー。 ちゃんと言いますよ!」
ちょっと嫌味っぽく言いながら、私たちは笑い合った。

由香に相談してみようかな。
由香には話そう。

そして、放課後。
私たちは約束通り、駅前のファミレスに寄った。
まだご飯時じゃないから、私たちの様な学生や、おばさんたちしかいない。
「で、美桜。柳沢君のこと…好きなの?」
「声大きい!そんなニヤニヤしないでよー」
「あはは。ごめんごめん」
反省してないな…
そんなやり取りをしていると、後ろのおばさんたちの方から
「あらぁー!翔君、今日も偉いわね~‼」
「あ、ちょっと声おさえてください…」
そこからはあの声がした。
一度しか聞いたことがなかった声だけど、はっきりと覚えているあの声。
そこにはやっぱり柳沢君がいた。

え?ウエイトレスの格好?
働いてるの?バイト?
でも、うちの学校ってバイト禁止で、バレたら停学じゃ……。

「ごめん由香。ちょっとトイレ行ってくるね」
そう言って 私は、柳沢君のもとへ向かった。
「…や、柳沢君だ…よね?」
彼はものすごく焦った様な顔をして、私の腕を強く引っ張り外へ出た。

「…なんで、ここに?」
「あ、私由香となんか食べに…」
「そっか……」
「あの!柳沢く…」
私の言葉を遮って、柳沢君は
「お願い!この事は誰にも言わないでくれ!」
急に大声を出されて、びっくりしてしまった私を気にせず、柳沢君は話続けた。
「俺んち、母子家庭で弟もいてお金無くて、学校にはバイトのこと、ちゃんと言ってある…」
だから、寝てても何も言わなかったんだ…。
「でも、他の生徒にバレたら、停学ってことになるから頼む!言わないでくれ!…母さんに迷惑かけたくないんだ」
意外とお母さん思いなんだ…。

本人は嫌だろうけど、柳沢君の一面を知れて、正直嬉しかった。
胸がドキドキしてる…。
「えーっと…誰だっけ?」
名前知られてなかったんだ… ショック…
「私、同じクラスの矢野 美桜です!…一応隣の席なんだけど」
「……美桜?」
いきなり名前呼び⁉ ちょっと嬉しいかも…!
「うん!美桜だよ‼ 」
あれ?なんか、柳沢君…悲しそう?
気のせいかな?

恐る恐る聞いてみた。
「どうかした?」
柳沢君はハッとして
「何でもない…」
何でもないって顔じゃないけどな…。
これ以上深入りしては、いけない様な気がして聞けなかった。
「黙っててくれるなら、一つだけ言うこと聞くから…」
私は思いきって言ってみた。
「じゃあねぇ、友達になって!」
柳沢君は目を丸くして、
「そんなことでいいのか?」
「そんなことって… 私はそれで充分なんだけどな」
柳沢君がプルプルと小刻みに震えてる。
え⁉急に何?大丈夫なのかな⁉
「ぶははは!あんた、欲ねぇーな」
「えー⁉何それ?別にいいでしょ?」
笑ってる顔もカッコいいな…。
もっと見ていたい。
「ずっと笑ってたらいいのにな…」
ポロッと出てしまった言葉、私は声に出しているなんて気付いてもいなかった。
すると、柳沢君の顔が強ばった。
「じゃあ、俺戻るから… 友達にも黙っといてくれよ」
「うん 誰にも言わないよ!」
柳沢君は返事もせず、バイトに戻ってしまった。それでも、私の胸はまだドキドキしてる。

あっという間だったな… でも、話せてよかった。好きかもしれないことに、気が付けたから。
きっと私、柳沢君に一目惚れしてたんだね。

少しは近付けたよね?

由香のところへ戻ると
「ちょっと美桜!遅い‼」
「ご、ごめん!そんな時間たってた?」
「三十分もたった!」
嘘⁉そんなたってたんだ!
あんな、あっという間だったのに?
由香、すっごい怒ってる…。
「ごめんってー!」
「柳沢君との事、話してくれるんだったら許す…」
「ゔぅっ… それはぁ… ちょっと」
「何よー じゃあ、許さない!」
「えぇ!それは嫌!」
気付いたばっかりなんだけどな…。
由香は許さないって言ったら、本当に許さないからな…。
仕方ないかな。由香だからちゃんと聞いてくれるだろう。
「…私、柳沢君のこと……好きかもしれなぃ」
どんどん小さくなってしまった声。
だけど、由香にはしっかり聞こえてた。
「本当に⁉そっかぁ、美桜もついに初恋かー」
「由香!声大きい‼」
静かにって言っても、由香は聞かない。
私の初恋を素直に、喜んでくれている。
「美桜!頑張ってね‼応援してる」
「由香ぁー ありがとぉー」
由香の優しさに、私はほんの少し目がウルッとした。
鼻がツンとする。
「私、頑張ってみる!」
私は決意を由香に言った。

明日、挨拶してみよう。
連絡先も聞こう。

そう決め、眠りについた。

そして、朝。
ドキドキしながら、柳沢君が来るのを待っている。

あ!柳沢君来たー‼
「や、柳沢君、おはよう!」
「はよ」
柳沢君ら席につくと、今日はすぐ寝ず私を見つめる。
「な、何?どうしたの?」
「はは。本当に隣の席だったんだな」
あ、笑った。
「…信じてなかったの?ひどいなー」
私は唇をつきだし、すねてみる。
柳沢君の顔がまた強ばった。
でも、すぐ戻って
「マジで誰にも言うなよ…」
小声でそう言った。
「大丈夫!言わないよ‼墓場まで持っていきますよ」
「ぶは!そりゃ、安心だな」
また、笑った。
「じゃ、寝るから」
「うん。おやすみなさい」
確実に仲良くなってる。
私に笑いかけてくれた。
それだけで、私はすごく嬉しかった。

あ、連絡先聞きそびれちゃった!
よし!明日聞こう‼
そう思っていると、柳沢君が急に起きた。
「…連絡先、聞き忘れてた。」
「え?」
嘘⁉同じ事考えてたのかな?
嬉しい!
「…友達なんだろ?」
「うん…!」
「メールとか電話しても、あんまり見れないけど…」
「はは。それでも嬉しいな」
登録すると、なんだか胸がキュゥと苦しくなった。
柳沢君の連絡先だ…!
「ありがと! 」
「なんでありがとう? 友達なら普通だろ?あんた、面白いな」
「…あんたじゃなくって、名前で呼んでほしいな… ダメ?」
『あんた』でも、話せるなら嬉しいけど、友達なら名前で呼ぶ…よね?
「じゃあ、矢野?」
昨日は、『美桜』って呼んでくれたのに…。
私は唇をつきだし、またすねてみた。
ボソッと小さな声で言ってみる。
「…美桜がいい…かな」
なんて言うかな?
また顔が強ばっている。
どうしたんだろ?私、何かした?
「…仕方ないな 美桜って呼んでやるよ!だからすねんな!」
私は、目を輝かせた。
ヤバい…。すっごい嬉しい!
「ありがと!えっと…じゃあ、翔君?」
「ん、それでいーよ。じゃ、今度こそ寝る」
翔君はあっという間に寝てしまった。

すごい距離縮まったー!
ちゃんと話せてたよね?
…でも、なんか顔強ばるのは気になるな。
まぁ、しばらくはこのままがいいな。


この時の私は、彼の顔の奥に隠された秘密に、気付けなかった… いや、気付こうともしていなかった。